八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

熊本豪雨3年、川辺川ダム水没地かかえる五木村、賛否示さず

 熊本県では2020年7月の豪雨による球磨川水害をきっかけに、球磨川の最大支流である川辺川に八ッ場ダムと並び称されてきた国の巨大ダム計画が復活しました。50人もの死者を出した水害から3年が経過し、国は今後30年の間に5000億円超をかけて球磨川の治水対策を実施する計画で、予算の半分以上を巨大ダム計画に投じる予定です。新たなダム計画は洪水時のみ貯水する流水型(穴あき)を採用し、2035年度の完成を目指していますが、ダムの水没地を抱える五木村はダム計画について賛否を明らかにしていません。川辺川ダム計画は全国一の清流と言われる川辺川、球磨川の河川環境への影響も危惧されています。
 問題が山積しているダム事業は予定よりさらに完成が遅れるのは必至ですが、九州ではこのところ毎年のように豪雨による水害が発生しています。

◆2023年7月6日 西日本新聞
https://nordot.app/1049537821362143863?c=110564226228225532
ー流水型ダム、熊本・五木村は賛否示さず 熊本豪雨3年ー

 球磨川が氾濫した2020年7月の熊本豪雨から3年がたち、治水策の柱として、国と熊本県が推進する支流川辺川への流水型ダム建設が焦点となっている。球磨川水系の治水策をまとめた河川整備計画にもダム建設が盛り込まれ、環境への影響調査も進む。ただ、貯水時に水没予定地を抱える五木村は、今も建設への賛否を明らかにしていない。ダム問題に翻弄(ほんろう)されてきた村に対し、国と県の丁寧な説明が求められている。

 「環境影響評価(アセスメント)の結果が出た時、住民説明会を開いて村民の意見を聞き、しっかりと判断する」。6月15日。五木村の木下丈二村長は、ダム問題の結論を出す時期を報道陣に問われ、こう述べた。村は半世紀以上、この問題に向き合ってきた。

 1966年、国が旧川辺川ダム建設計画を公表。96年には国、県、村が「ダム本体工事着工に伴う協定書」に調印した。事業が動き始め、村は一部地域が水没することを前提とした振興対策に動き始めた。

 だが-。2008年9月。蒲島郁夫知事が就任からわずか半年後に計画の「白紙撤回」を表明。建設予定地の相良村長と、最大受益地の人吉市長が相次いで反対を表明したことなどを理由に挙げた。五木村の振興対策も大幅な転換を強いられた。

 ところが20年熊本豪雨が起き、災害関連死も含め県内で67人が犠牲になった。甚大な被害を受けて蒲島氏は一転、ダム容認へと舵(かじ)を切る。「被害防止の確実性を担保するため、治水の選択肢からダムを外すことはできない」(同年11月の県議会)

 知事に呼応するように、国と県の動きは加速した。昨年8月、国、県が球磨川水系における今後30年間の治水策をまとめた河川整備計画を策定。国の環境アセス(全4段階)も現在、第3段階の「準備レポート」の作成が進み、ダムによる環境への影響がおおむね明らかになる見通しだ。

 さらに今年5月、国、県、村の3者が「五木村の新たな振興計画」の策定に合意。財政支援の規模は約20年間で総額100億円に上る見通しだ。ただ、当初案はダム建設を前提としていたため、反対派にも配慮したい村側の意向で修正された。ダムに対する村の“拒否反応”は今も根深い。

県球磨川流域復興局は「村の振興は待ったなしだ。環境アセスの結果を待ち、県としても丁寧に説明していきたい」としている。 (鶴善行)

◆2023年7月8日 RKK熊本放送
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/rkk/584452
ー「老人の村という感じ」豪雨から3年 新たなダム計画に揺れる五木村の今 村の復興を願う村民たちー

 球磨川が氾濫した豪雨から3年。治水策の柱としてダム建設の計画が進められています。
 このダム計画に翻弄されてきた五木村をどう振興していくのか。今、県の姿勢が問われています。

ダム建設→白紙撤回→再び建設へ
 川辺川沿いに並ぶロッジ。「ダムが建設されない」という前提で2019年に整備された観光施設です。
 しかし、国や県が計画しているダムが川辺川に建設されると水没します。

 渓流ヴィラITSUKI 仮山常雄 支配人「えっ、という気持ちはありましたけど、その状況に応じた考え方でやるだけ」

 こう話すのは施設を運営する仮山常雄さん。将来的にこの場所が水没することを覚悟しています。

 仮山支配人「『五木村いいとこだよね』って思ってもらえるように、今の段階から満足していただくおもてなしをしていく、それだけですね」

 五木村はダム計画に翻弄され続けてきました。
 球磨川の支流・川辺川でダムの建設計画が発表されたのは57年前。ダムができると村の一部が水没する五木村では反対運動が起こりました。こうした中、将来を悲観し村を離れる人も。

 村は1996年、苦渋の決断で建設に同意しますが、その後、環境問題などでダム反発の声が高まると、2008年、蒲島知事は旧ダム計画を白紙撤回します。
 しかし、それから12年後…地域を「あの災害」が襲いました。

「ダムによらない治水」という考え方に変化が

 しかし白紙撤回から12年後の2020年…甚大な被害を出した「7月豪雨」で風向きが再び変わります。

 蒲島知事「新たな流水型のダムを国に求めることを表明いたします」

 豪雨の被害を受け、蒲島知事は考えを一変させ、豪雨の時だけ水を溜める新たな流水型ダムの建設へ大きく舵を切ることになったのです。
 県は「ダムなし」の村づくりを進めていた五木村の振興計画案としてダムを活用した観光策など、20年間で100億円の財政支援を提示します。

 しかし、再び持ち上がったダム建設の賛否に揺れる五木村はこの計画に反発。国、県、村の3者はダムと切り離した形の新たな計画案で合意します。村民からは不安の声が…

 村民「これはダムを前提とした振興計画ではないか」

 実際、国と県は建設に向け、着々と計画を進めていて、事業開発が周辺地域の環境にどのような影響を与えるのか調査する「環境アセスメント」も始まっています。

 蒲島知事「極限まで環境への影響を検討するのが国の考え方。それを示して分かりやすく示していただくことで(村民の)理解をいただけるのではないか」

 旧ダム計画で移転を強いられるなど、五木村の人口はピーク時から8割以上減り、1000人を切りました。

 『村がなくなるのではないか?』かつての水没予定地から高台に移転した村民からは…

 村民「老人の村という感じ」

 村民「五木村が将来どぎゃんなっとじゃろうかと。30年後、50年後、100年後どぎゃんなっとじゃろうかという頭で描くことはできん」