利根川水系では今年も6月16日より取水制限が始まり、「渇水」がマスコミで盛んに報道されています。
利根川上流ダムの湖底の一部が干からびた映像などを見れば、このままでは生活に支障をきたすのではないかと不安になり、ダムがもっと必要だという国交省の主張に頷いてしまいそうです。
マスコミが「渇水」を大きく取り上げるのは、国交省が記者発表し、報道陣に水位の下がったダムの現場を案内するからです。一方で、国交省はこの間、上流ダムから大量の水を放流してきました。
*6月末までの利根川河口堰等の速報値が公表されましたので、その後のデータを加えて6/30にグラフを更新しました。
国交省による「渇水」発表
国交省関東地方整備局は6月8日、利根川水系8ダムの貯水率が6月7日0時現在で49%になり、近々10%の取水制限に入る可能性が高いことを発表しました。暖冬で積雪量が少なかったことと、5月の降水量が少なかったことによるものとしています。
◆国土交通省関東地方整備局 記者発表資料(2016年6月8日)
「平成28年度 第2回利根川水系渇水対策連絡協議会幹事会(臨時)の開催結果について」
右図=国交省関東地方整備局 6/7記者発表資料「渇水対策本部を設置しました」より
利根川水系8ダムの貯水量は図1のとおり、5月中旬以降急減しました。
ダムからの放流量の約半分が海へ流出
8ダムに貯めた水を利根川に補給した水量は図2のとおり、5月中旬以降は50㎥/秒を超えて次第に増加し、5月下旬~6月中旬は90~120㎥/秒まで上昇しています。
しかし、これだけ大量にダムから放流する必要が本当にあったのでしょうか。
利根川水系ダムの放流ルールでは、利根川中流の栗橋地点(埼玉県)〔注1〕において、田植え等で農業用水を大量に使用するかんがい期(概ね4月~9月)は、正常流量として定めらている120㎥/秒を維持するようにダムから補給することになっています。
〔注1〕栗橋は利根川の利水基準点。栗橋より上流に利根大堰があり、見沼代用水等の農業用水と東京、埼玉の水道用水が大量に取水します。その取水後の流量に渡良瀬川の流量が加わって、栗橋の流量になっています。
図3の栗橋地点の流量を見ると、6月に入ってからは100㎥/秒前後になっていますが、4月から5月まで120㎥/秒以上の流量が維持されてきました。
しかし、栗橋地点で120㎥/秒またはそれに近い流量を確保する必要があるのでしょうか。
図4の利根川下流部の布川地点(千葉県)の流量を見ると、100㎥/秒以上の流量が維持されており、利根川下流は十分な流量が流れていることがわかります。
図5の利根川河口堰の放流量を見ると、河口堰で貯留して放流するため、日によって変動がありますが、均してみると、概ね80㎥/秒以上の流量が河口堰から海へ流出しています。
利根川河口堰の下流で確保すべき正常流量〔注2〕は30㎥/秒ですから、その正常流量を概ね50㎥/秒以上上回った流量が海に流出していることになります。
すなわち、5月下旬~6月中旬に利根川水系8ダムから補給した水量90~120㎥/秒量の半分程度が海に流出していることになります。
〔注2〕利根川河口堰ができるまでは、利根川の最下流で維持すべき流量は、塩害防止のため、50㎥/秒とされていました。河口堰ができてその運用で塩害を防止できるようになりましたので、そのうち、20㎥/秒を東京や千葉の都市用水として利用することになりました。その結果、河口堰から下流で維持すべき正常流量は30㎥/秒になっています。
「渇水到来」の演出でダムの必要性をアピール
それでは、栗橋地点の正常流量120㎥/秒(かんがい期)はどのような根拠で求められたものなのでしょうか。
利根川水系河川整備基本方針の水収支図を見ると、図6のとおり、利根川河口堰の放流量を正常流量30㎥/秒として、栗橋地点と利根川河口堰の間における鬼怒川等の支川からの流入量と、農業用水・都市用水の取水量を加算減算して逆算して求めたのが栗橋地点の115.13㎥/秒で、これを四捨五入して約120㎥/秒になっています。
国交省関東地方整備局ホームページより 利根川水系河川整備基本方針
http://www.mlit.go.jp/river/basic_info/jigyo_keikaku/gaiyou/seibi/tonegawa_index.html
「流水の正常な機能を維持するため必要な流量に関する資料」41ページより転載
図6 利根川 正常流量縦断図(かんがい期 5/11~5/15)
要するに、栗橋地点と利根川河口堰の間で、支川からの流入と農業用水・都市用水の取水で差し引き、約90㎥/秒が失われるから、栗橋地点で約120㎥/秒の流量確保が必要とされているのです。
しかし、実際は上述のように50㎥/秒以上の流量が余分に海に流出しています。これは図6の利根川水系河川整備基本方針の水収支図が現実から遊離していることを意味します。実際より鬼怒川や小貝川等の支川からの流入量を過小評価し、一方で、各用水の取水量を過大評価していることによるものです。
このように利根川では栗橋地点で現実と遊離した過大な正常流量が設定され、そのことによって8ダムの過剰放流を促され、利根川の渇水到来が演出されていると言っても過言ではありません。
〔補足1〕利根川水系8ダムの有効容量(利水容量)は非洪水期と洪水調節期(7~9月)で異なります。非洪水期は46,163万㎥、洪水調節期34,349万㎥です。したがって、6月30日現在の貯水量18,001万㎥の貯水率は39%ですが、7月に移行すれば、貯水率は52%になります。
〔補足2〕矢木沢ダムは6月10日0時現在の貯水量が1,738万㎥で、有効容量11,550万㎥に対する貯水率が15%になっていますが、この貯水率は発電専用の貯水量3,820万㎥を除いて計算したものです。発電専用の貯水量を加えると、矢木沢ダムの貯水量は5,558万㎥となり、有効容量15,370万㎥に対する貯水率は36%になります。
【参考】2012年の渇水時の記事です。
https://yamba-net.org/wp/old/modules/news/index.php?page=article&storyid=1733