「八ッ場ダム」越年する課題ー東京新聞連載記事

 政権交代により八ッ場ダムをめぐる政策が180度変化した2009年の年末、東京新聞群馬版に連載された記事を転載します。読み応えのある内容です。

◆2009年12月26日 東京新聞群馬版より転載
ー「八ッ場ダム」越年する課題<上> 国と地元 合意遠く 生活再建の中身ー
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20091226/CK2009122602000114.html

 前原誠司国土交通相が八ッ場(やんば)ダム(長野原町)の建設中止を宣言してからちょうど三カ月が経過した十七日夜。地元の住民でつくるダム水没関係五地区連合対策委員会は、緊急の会合で、これまで幾度となく拒否し続けてきたダム問題の意見交換会に応じることを決断した。

 だが、問題打開への第一歩となるはずの会合の場で、長野原町の高山欣也町長が憮然(ぶぜん)とした表情を崩すことはなかった。詰め掛けた報道陣にも「鳩山政権への不信感は今も変わらない」と強調。政権交代によって受けた“心の傷”の深さをあらわにした。

 「ダム中止撤回」の意思を貫く地元だが、前原氏のダム中止方針も揺るがない。同委員会が来年一月二十四日の開催を希望した意見交換会も、「ダムを中止した場合の地元補償の枠組みを伝える場」(前原氏)との位置付けだ。

 「生活再建事業の実施が必要」との点では国と地元の意見は一致している。だが、ダム本体完成を前提とした現在の事業計画について、国が取り扱いを一つでも誤れば、ダム問題全体をさらに混迷させる危険をはらんでいる。

 個別の事業では、既に難題が生じ始めている。水没対象地区で吾妻川左岸の川原畑、右岸の川原湯両地区の代替地を結ぶ「湖面1号橋」は、橋脚一基の基礎工事が着手されたのみで、大部分が未着工だ。政権与党の民主党県連は、ダムが中止になった場合の橋の必要性を疑問視し「建設凍結」を主張している。

 だが、建設事業を担当する県は十一月末、別の橋脚二基の工事入札を来年二月に行うと発表。ダム本体に関する結論が出ない中、湖面1号橋建設の「既成事実化」が進みつつある。

 さらに、川原湯温泉の生活再建についても意見は分かれている。民主党県連は「現地での再建を前提に検討が必要」との見解を示したが、代替地移転を求める温泉街の関係者は「地元無視」と猛反発。温泉街移転の可否は、川原湯温泉の新駅を代替地に建設するJR吾妻線の付け替え事業にも影響し、重大な問題となる恐れがある。

 前原氏は今月二十二日の閣議後会見で、来年度の八ッ場ダム関連事業について「来年三月末までに詳細を決める」としたが、「公共事業は全国的に抑制傾向にある。できる事業とできない事業がある」とも強調。生活再建事業の見直しに含みを持たせた。

 一方、地元は「湖面1号橋建設を含め、本来計画された生活再建事業をすべて実施してほしい」との立場だ。生活再建の中身について、国と地元が合意形成を図る余地は今のところ見当たらない。
   ◇  ◇

 政権交代の象徴的な出来事として全国を騒がせた八ッ場ダム建設中止問題。二十五日に発表された国の来年度予算案ではダム本体工事は計上されず、生活再建事業も具体的な内容は今後に持ち越された。ダムの是非をめぐって国と地元の根深い対立が続く中、生活再建事業のあり方やダム再検証の行方など、「越年」が決まった課題の今後を占った。(この企画は中根政人、山岸隆が担当します)

◆2009年12月27日 東京新聞群馬版より転載
ー「八ッ場ダム」越年する課題<中> 住民補償の行方 『中止』前提の協議難しくー
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20091227/CK2009122702000105.html

 「最も早く補償の問題が出てくるのは、川辺川ダム(熊本県)になる」。十一日の閣議後会見で、ダム事業見直しに向けた今後のスケジュールに言及した前原誠司国土交通相。ダム建設中止に伴う住民補償法案については「個別の事業では、地元と交渉しながら法案化に取り組む。川辺川の場合も、来年の通常国会への法案提出は難しい」との見通しを示した。

 「八ッ場(やんば)は後回しにされるのか」。前原氏の発言によって、八ッ場ダムの生活再建問題の全面解決が大幅に遅れる公算が大きくなり、地元からは不安の声も聞こえ始めた。補償問題の行方は、八ッ場ダム問題の今後を左右する最重要テーマだ。

 政権交代前に、民主党は国直轄のダム事業などの中止を想定した「ダム事業の廃止等に伴う特定地域の振興に関する特別措置法案(仮称)」の骨子案を示している。

 同案は、二〇〇〇年に片山善博・鳥取県知事(当時)が中止を決めた、県営中部ダムの関係住民に対する補償策がモデルとされる。ダム事業中止後に国や自治体、地元住民らで協議会を組織し、公共施設の整備や産業振興などにつながる事業を議論。合意内容を「特定地域振興計画」として実行し、地域の生活再建を図る内容だ。

 前原氏は同案などを基に八ッ場ダムや川辺川ダムなどの住民補償策を具体化した上で、法案作成を目指すとみられる。

 だが、前原氏が示す住民補償の枠組みは、あくまでダム建設中止が条件。中止撤回で団結する八ッ場ダムの地元関係者が、前原氏のイメージする補償協議のテーブルにつく可能性は、現段階ではゼロと言っていい。

 ダム本体建設の是非に関する結論が出ていない以上、八ッ場ダムの生活再建事業のうち、来年度に実施する内容は、ダム建設を前提とした現在の計画が基になる。

 しかし、国と地元の対立関係が続いたまま住民補償の協議を始める見通しが立たない場合、一一年度以降の生活再建事業の取り扱いが「白紙」となる事態も考えられる。

 二十五日に示された国の来年度予算案では八ッ場ダムの生活再建事業費に約百五十四億円が計上された。長野原町の高山欣也町長とダム水没関係五地区連合対策委員会の萩原昭朗委員長は「納得できる金額だ」と国の対応を評価した。

 だが、前原氏の示す住民補償の考え方には「ダムが中止になった場合の生活再建を議論することはできない」と“徹底抗戦”の構えだ。

◆2009年12月28日 東京新聞群馬版より転載
ー「八ッ場ダム」越年する課題<下> どうなる再検証 双方納得 高いハードルー
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20091228/CK2009122802000102.html

 二日の県議会一般質問。八ッ場(やんば)ダム建設中止問題の見通しについて問われた大沢正明知事は、「国は『中止のためのアリバイづくりはしない』と言っている」と説明。ダム問題に対する鳩山政権の態度が、九月の内閣発足時に比べて軟化したとの認識を強調した。

 だが、事態の進展を願う知事の思いとは裏腹に、ダム建設の是非について、国と地元の双方が納得する形で決着を図るための道のりは容易でない。

 前原誠司国土交通相が実施を明言した八ッ場ダムの再検証作業が、いつ開始されるのか。半世紀にわたってダム事業に翻弄(ほんろう)されてきた地元に、遺恨を残さない検証結果を導くことができるのか。問題解決へのハードルは高い。

 前原氏の意向を受けて、国交省は八ッ場ダムを含む全国のダム事業見直しに向けた有識者会議を、三日に発足させた。会議について同省は「個別のダム事業の是非を決める場ではない」と説明。八ッ場ダムなどの再検証は、会議が検証基準を示す来年夏以降に持ち越されることになった。

 国が示す再検証のスケジュールや手法に対して、県は強く異論を唱える。大沢知事は「ダム問題の早期解決を求める地元住民には(時間がかかり)我慢できない」と反発。川滝弘之県土整備部長は、有識者会議の議題が「治水対策のあり方」に限定されている点に触れ、「利水の観点からの検証も必要」と訴えている。

 検証基準の策定後に八ッ場ダムがどのような枠組みで再検証されるのかも、現段階では決まっていない。大沢知事は「再検証にかかわる人材の選考などで、ダム関係都県の意向を最大限反映させてほしい」とするが、国が要望をどの程度受け入れるかも未知数だ。

 地元では、長すぎた歳月の中で強烈な政治不信が住民を覆っている。八ッ場ダム中止を公共事業見直しのシンボルと位置付ける前原氏と、「ダム事業に苦しんだ住民を見捨てるのか」と憤る地元との論争は、今も根本的な部分でかみ合っていない。

 仮に再検証によってダム中止が決まったとしても、結果を無条件で受け入れる空気は今の地元にはない。だが、国が複雑な事態の解決に行き詰まり、課題を投げ出す形で中止を撤回すれば、マニフェスト(政権公約)の根幹を否定することにつながり、鳩山政権にとって大きな打撃となりかねない。

 「中止」か「継続」か。来夏以降に訪れる八ッ場ダム問題の最重要局面で、前原氏が厳しい政治判断を迫られるのは必至だ。