八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

基本高水と八ッ場ダムについて

2010年10月31日

 馬淵大臣の記者会見などにより、利根川の治水計画の重要な数値(基本高水流量)の科学的根拠に疑問が投げかけられ、八ッ場ダムの検証作業に与える影響が注目されています。以下のメールは、八ッ場オープンメーリングリストに嶋津暉之さん(水問題研究家・八ッ場あしたの会運営委員)が投稿したものです。このテーマを考える上で参考になると思いますので転載します。

~~~転載開始~~~

◆2010年10月30日付け投稿

 まず結論を先に述べれば、基本高水流量の数字で直接、今回の八ッ場ダム検証における治水上の必要性の有無が判断されるのではありません。しかし、基本高水流量の計算の虚構が明らかになれば、八ッ場ダムの不要性が明白になると予想されます。

 今回のダム検証は、再評価要領実施細目(有識者会議の中間取りまとめと同じ)に書いてあるように、河川整備計画と同レベルの目標を達成できるように、ダム案と非ダム案の評価を行うことになっています。

 1997年の河川法の改正で河川整備の計画は河川整備基本方針と河川整備計画の二つを策定することになりました。河川整備基本方針は、 河川整備の長期的な目標を定めるものであって、
基本高水流量、計画高水流量の数字はきめますが、それはあくまで長期的目標の数字です。基本方針には具体的な新規のダム計画は記載されず、それを位置づけるものにはなりません。

 河川整備計画は今後20~30年間に行う河川整備の事業計画を定めるものです(利根川の場合は30年)。整備計画としての目標流量を別途設定して、それを達成するために必要な河川整備の内容を記載します。ダムが必要な場合はダム名を記載するので、河川整備計画がダム計画の治水上の上位計画になります。

 あくまで、治水面でダムが必要か否かを位置づけるのは後者の河川整備計画であって、今回のダム検証はその考え方に基づいています。

 このように、基本高水流量は河川整備基本方針の数字ですから、八ッ場ダムの必要性の有無に直接に関わってきません。しかし、間接的に大いに関係することは後述します。

 利根川については2006年に河川整備基本方針が策定され、基本高水流量は22000m3/秒(八斗島)と再設定されました。これはカスリーン台風の再来流量で、200年に1回の洪水流量とされています。

 利根川の河川整備計画の方はまだ策定されていません。2006年12月にそのための有識者会議が設置されましたが、その後の公聴会で厳しい意見が出たためか、策定作業が中断されています。このときの有識者会議の資料には、関東地方整備局の案が書かれていて、整備計画の目標流量は50年に1回の洪水流量が設定され、ダム等による洪水調節後の洪水ピーク流量(八斗島)は13000m3/秒となっています(河道対応流量)。ダム等による洪水調節量が何m3/秒になっているかは不明ですが、大きめにみて2000m3/秒とすれば、基本高水流量に対応する整備計画の目標流量は15000m3/秒程度になっていると考えられます。

 このときの関東地方整備局の案では、上流の既設ダム群、八ッ場ダム、下久保ダムの治水容量増強、烏川の河道内調節地が洪水調節の手段と考えられていました。

 関東地方整備局が行う今回の八ッ場ダムの検証では、八ッ場ダムの調節分を河道に振り替えて河道対応流量の13000m3/秒を大きくする方法が有力な代替案の一つとして扱われると思います。

 ここで問題となるのは、50年に1回の洪水流量15,000m3/秒程度(あくまで推測)の妥当性です。これは、200年に1回の洪水流量22,000m3/秒を求めた洪水流出モデルと同じモデルで計算したものだと考えられます。
したがって、22,000m3/秒の計算の虚構が明らかになり、それよりかなり小さい数字が妥当ということになれば、同じモデルなのですから、
50年に1回の洪水流量もかなり小さい数字になります。

 そうすれば、50年に1回の洪水流量に対応するのに、河道対応流量を増やさなくても八ッ場ダムなしで対応することが可能ということになります。

 以上のように、基本高水流量の数字で直接、今回の八ッ場ダム検証における治水上の必要性の有無が判断されるのではありませんが、しかし、基本高水流量算出の洪水流出モデルの虚構が明らかになれば、河川整備計画の目標流量も下がり、八ッ場ダムの不要性が明白になってくると予想されます。

 なお、裁判では被告は八ッ場ダムの治水上の必要性の根拠として基本高水流量を前面に出していますので(河川整備計画は未策定で、法定の治水計画は河川整備基本方針であるため)、私たち原告側はこの基本高水流量の虚構を明らかにするために力を注いできました。基本高水水流量問題に関する最近の動きはその成果によるものです。

◆2010年10月31日投稿

 少し補足説明します。
 基本高水流量はあくまで将来の目標であって、現実的な意味を持っていません。
分かりやすい例が多摩川です。河川整備基本方針では200年に1回の洪水流量が想定され、基本高水流量は8700m3/秒(石原地点)となっています。計画高水流量(将来の河道対応流量)は6500m3/秒で、ダム等で2200m3/秒のカットが必要とされています。
しかし、多摩川の上流でダムを建設する場所などありません(小河内ダムは利水専用ダム)。

そこで、多摩川の河川整備計画では戦後最大の昭和49年の観測流量4500m3/秒(「岸辺のアルバム」で知られる洪水)が目標流量と設定され、河道整備だけで対応することになっています。基本高水流量は「将来の目標はこうですよ」と言っているだけであって、多摩川に付いている看板にすぎません。

治水計画は実現性がなければなりません。いつ達成できるか分からない、まだ、来る可能性がほとんどないどでかい目標流量ではなく、20~30年で達成できる目標流量を設定して、河川整備を具体的にきちんと進めていこうという観点も含めて行われたのが1997年の河川法の改正です。

それまでは工事実施基本計画という長期的な計画しかなかったのですが、この改正で河川整備計画方針(長期的な計画)とは別に、河川整備計画を策定し、その目標流量を基本高水流量とは別の数字に設定することになりました。ただし、すでに動き出しているダム計画のある水系では河川整備計画の目標流量がなおかなり過大に設定されており、その見直しが必要となっています。

河川整備基本方針は計画中のダムの上位計画ではありませんので、そのダム名を記載しないことになっています。川辺川ダム計画がある球磨川など、全国の水系ではそうなっています。ただ、利根川水系の河川整備基本方針は例外的に経過説明として計画中の八ッ場ダム、南摩ダムなどの名が書かれています。これは例外であって、本当は書くべきではありません。ただ、このことだけに関しては八ッ場ダムが中止になった場合はその名前を基本方針から削除する変更をすればよいだけのことです。行政の計画では事後的にそのように変更することがあります。

それから、河川整備計画が当該ダムの位置づけがされなければ、そのダムが中止となる例を説明しておきます。淀川水系の余野川ダムです。淀川水系河川整備基本方針では計算上は余野川ダムの治水効果も含めた計画になっているのですが、昨年3月策定の河川整備計画では余野川ダムは落ちました。それにより、余野川ダムは現在、特ダム法によるダム廃止の手続きが取られつつあります。

利根川の場合、基本高水流量そのものの見直しの動きが出てきたことは望むところがですが、仮にそのままであっても、河川整備計画で八ッ場ダムの位置づけがされなければ、八ッ場ダムは治水上不要ということになります。