福島・老朽ダム決壊事故の続報

◆2011年6月28日 毎日新聞東京朝刊
http://mainichi.jp/select/weathernews/archive/news/2011/06/28/20110628ddm041040170000c.html

 証言3・11:東日本大震災 福島の藤沼ダム決壊 揺れの直後、鉄砲水

◇7人死亡、1人不明 復旧手つかず、大雨警戒

 東日本大震災で、福島県須賀川市の農業用ダム「藤沼ダム」(高さ約18メートル、長さ約133メートル)が決壊し、簀ノ子(すのこ)川沿岸を襲った鉄砲水は、7人の命を奪い、今も1人が行方不明だ。家屋は、19棟が全壊、流失し、床上、床下浸水は55棟。東北地方も梅雨入りしたが、壊れたダムの堤や川の護岸の復旧は手つかずのままだ。大雨で再び被害を受けないか、不安を感じている住民もいる。【蓬田正志】

■木をなぎ倒し

 ダムから北東へ約1キロの同川沿いにある同市滝、高校2年、鈴木憧(しょう)さん(16)は大地震発生時、中学2年の弟、航(わたる)さん(13)と自宅居間にいた。

 テレビで緊急地震速報が流れた途端に揺れ出し、棚から食器が落ち、危険を感じて一度は外に出た。揺れが収まり、室内の片づけをしていた時だった。

 「バリバリ」。落雷のような音がした。再び外に出ると、ダム近くのスギ林から土ぼこりが上がり、濁流が木をなぎ倒しながら向かってきた。

 「逃げろ」。2人は約30~40メートルの坂を上ったが、玄関の戸が開いていたため憧さんは自宅に戻った。濁った水は自宅まで押し寄せた。くるぶしまでつかり、戸を閉めてまた坂を駆けた。自宅を振り返ると、1階の窓を割って泥水が流れ込んでいくのが見えた。憧さんは「地震から鉄砲水が来るまで5分程度だった。家にいたら危なかった」と話す。

 同じころ、憧さんの自宅から約100メートル上流の農業、大島光夫さん(72)も自宅庭で鉄砲水を目撃した。ダム付近から幅50メートル以上の黒っぽい水が「ゴーゴー」という音を立て流れてきた。「砂ぼこりや水しぶきで辺りは霧が降りたようになり、ごう音で会話ができなかった」

 下流の橋に大木が詰まって川を水が逆流し始め、自宅に10メートルほどまで迫った。水浸しになった一帯は水が渦巻き、30分にわたって水が流れてきたという。

■下流でも被害

 濁流は約2キロ下流の集落も襲った。同市長沼、主婦、和智とき子さん(58)は両親と長女と共に家にいた。揺れが収まり落ちた屋根瓦を片付けていると、また大きな揺れを感じた。

 その直後、自宅近くの橋に流れてきた木材やトタン屋根がぶつかり、「ドーン」と音を立てて崩れ、川からあふれ出た水が自宅に入ってきた。和智さんは水に足を取られて滑り、気付くと約100メートル流されていた。

 父と長女は無事だったが、86歳の母は翌日、600メートルほど下流の方向にある水田から遺体で発見された。和智さんは「母はまだ健康だった。何も悪いことはしていないのに……」と涙を浮かべた。

■補償も進まず

 須賀川市によると、藤沼ダムは土を台形状に固めた「アースフィルダム」で、完成は1949年。震災当時は田植え前のため、150万トン近くの水をためていたとみられる。

 農林水産省防災課によると、藤沼ダムを含む堤高15メートル以上の農業用ダムは、全国に約1700カ所あり、多くがこの構造。今回の震災で農業用ダム33カ所で堤防のひび割れやのり面崩れが見つかっているという。

 藤沼ダムを管理する江花川沿岸土地改良区は「毎年の検査に異常はなく、管理に問題はなかった」というが、県は原因究明の調査に乗り出した。しかし、護岸などの復旧時期は決まっていない。

 浸水した約70世帯でつくる決壊被害者の会の大森四郎副会長は「鉄砲水がなければ被害はほとんどなかった。濁流で川岸は壊れているため、梅雨になればまた浸水する可能性がある。補償も進まず、行政の対応は後手後手だ」と話した。