石木ダム事業の行政代執行をめぐって、識者の意見(長崎新聞)

 ダム建設を強行しようとする長崎県と土地と家屋を強制収用されてもダム予定地に暮らし続ける13世帯の住民。長崎県と住民との対立が極限に達している石木ダム事業の行政代執行をめぐって、地元紙が識者の意見を紹介しています。

◆2020年1月4日 長崎新聞
https://this.kiji.is/586007615314871393
ー<インタビュー> 政策研究大学院大学・福井秀夫教授 「公共」のためかどうかー

 昨年、石木ダムの建設予定地のうち、反対住民の家屋がある土地を含む約12万平方メートルが明け渡し期限を迎え、県と佐世保市は同事業にかかる全ての土地について行政代執行の手続きに入ることが可能になった。行政代執行とはどんなものか、公共事業の望ましい在り方とは-。有識者に話を聞いた。

■政策研究大学院大学・福井秀夫教授
 行政は一般論として、投資して回収できなくなった費用(サンクコスト)を考慮しがちだ。だが、公共事業では原則としてサンクコストを考えてはいけない。今後、ダムの完成、維持にどれだけ費用が生じ、ダムができたときにどれだけの社会的利益が生じるかを天秤(てんびん)にかけ、後者が大きいときにのみ継続すべきだ。
 司法の判断にも限界がある。裁判官は法律の専門家であって費用便益分析の専門家ではない。行政の主張を覆す証拠を住民側が用意するのは困難。こうして、公共事業は一度走りだすと止まらなくなる。
 憲法第29条第3項に「私有財産は正当な補償の下に、公共のために用いることができる」とある。判断の焦点は「公共」のためなのかどうかだ。公共性を検証するためには、ダム建設による社会全体の利益・不利益全てをまな板の上に載せる必要がある。環境や生態系保全などの視点も重要になるだろう。
 日本に欠けているのは、本当に必要な事業かどうかを科学的・第三者的に検証するシステムだ。得られる利益・失われる利益のどちらも、全ての要素について第三者が反証可能な状態で検証しなければ、公金も、生活、環境も容易に失われてしまうだろう。

 【略歴】ふくい・ひでお 東京大法学部卒、京都大博士(工学)。1981年に建設省(当時)に入省。法政大社会学部教授などを経て現職。著書に「司法政策の法と経済学」など。61歳。

ー<インタビュー> 鹿児島大学術研究院・宇那木正寛教授 第三者的な場所で対話ー

■鹿児島大学術研究院・宇那木正寛教授
 行政代執行には二つのタイプがある。空き家や違法建築の撤去など公共の危険を排除するものと、ダムや道路などの建設のために財産を取得するものだ。前者は代執行を受ける側に落ち度があるが、後者にはない。そのため後者への代執行には、行政は人権尊重の点から世論の批判を受ける。
 民家の代執行はかなり大変だ。人を排除し、家具などの財産を保存した上で家屋を撤去するため、解体・移転業者を入札で決める必要があり、財産を保存する場所も確保しなければならない。撤去家屋の柱など財産価値のあるものは丁寧に保管するため、価値を判断するのに専門家も欠かせない。手間はかかり職員は恨まれ、行政にとってもきついものがある。
 行政は土地収用法や行政代執行法に基づいて事業を進め、司法はよほど不必要でない限りは事業を認める。もはや法の枠内で考えられる問題ではなく、公共事業をどう住民と一緒に進めるかという政策的な問題だ。事業を円満に進めるには代執行権者の知事が交渉に出てきた方がいい。行政も住民も互いに相手のテリトリーで対談するのは厳しいので、第三者的な場所で平等に話をするしかないのではないか。

 【略歴】うなき・まさひろ 広島大法学部卒、同大博士課程単位取得満期退学。岡山市役所で法務や政策秘書を担当。鹿児島大法文学部准教授を経て現職。著書に「自治体政策立案入門」など。57歳。

https://this.kiji.is/586000892288877665
ー石木ダムとはー

 東彼川棚町の治水と佐世保市の利水を目的に、長崎県と佐世保市が同町の石木川一帯に計画。総事業費285億円を見込む。県収用委員会は2019年5月、建設に必要な全ての未買収地約12万平方メートルを明け渡すよう地権者に求める裁決を出し、県と同市が同9月、土地の権利を取得。家屋など物件も含む全ての土地について明け渡し期限が過ぎたが、住民側は応じていない。こうした中、県は同11月、完成目標を2022年度から2025年度に延期することを決めた。関連訴訟も2件が係争中。このうち、反対住民らが国に事業認定の取り消しを求めた訴訟では長崎地裁が2018年7月、国の判断は適法として原告の訴えを退けた。福岡高裁も2019年11月、原判決を支持。原告が上告している。

https://this.kiji.is/586011261156181089
ー都道府県の収用委員会とはー

  土地収用法に基づき、公共事業の用地取得に向けた損失補償額や、用地の明け渡し期限などを判断する機関。委員は法律、経済、行政などの専門家で、都道府県議会の同意を得て知事が任命する。定員は7人。任期は3年。