「九州北部豪雨、河川氾濫の損害賠償で「司法の壁」に穴をあけた判決の重み」

 今年3月の「白川洪水による建物損壊賠償事件の判決」に関する記事がYahoo!ニュースで紹介されています。
 著者はジャーナリストの岡田幹治さん(元・朝日新聞論説委員)で、記事の公判では水害訴訟全体の動向についても詳しく説明しており、参考になります。

◆2020年4月18日 Diamond Online
https://news.yahoo.co.jp/articles/535aa777e86c73fbc1cbf7effc01e44eaf1af2a9?page=1
ー九州北部豪雨、河川氾濫の損害賠償で「司法の壁」に穴をあけた判決の重みー

 最近の日本列島は毎年のように大型台風や豪雨に襲われるが、堤防損壊などによる水害の被災者が「河川行政の欠陥」として損害賠償を裁判に訴えても、ほとんど認められないできた。

 そうした「司法の壁」に穴をあける判決が今年3月、熊本地裁で出され、相次いでいる河川災害の損害賠損訴訟への影響が注目されている。

● 熊本地裁が賠償命じる 流水被害で熊本市に瑕疵

 この判決は、2012年7月の九州北部豪雨の際、熊本市が管理する水路からあふれ出た水によってゴルフ練習場が被害を受けたとして、経営者が市を訴えた裁判で、熊本地裁(小野寺優子裁判長)が3月18日に出したものだ。

 判決は訴えの一部を認め、約42万円の賠償を市に命じた。

 ゴルフ練習場の経営者は、農業用水路と白川をつなぐ水路から流出した激流が隣接のゴルフ練習場の外壁を突き破り、受付などがある建物の柱や天井にずれができたため、雨漏りがするようになったとして、約4087万円の賠償を求めていた。

 根拠にしたのは、「道路、河川その他の公の造営物の設置または管理に瑕疵(欠陥)があったため他人に損害を与えたときは、国または公共団体は賠償する責任がある」と定めた国家賠償法2条の規定だ。

 裁判では、水路の構造などに瑕疵があったかどうかが争点になった。

 原告側は、今本博健・京都大学名誉教授の意見書などを基に、「水路は当然持つべき安全性を欠いており、それは構造を変えることで解消できた」などとして、「瑕疵あり」と主張した。

 これに対して被告側は大本照憲・熊本大学大学院教授の意見書などを基に、「水路の構造を変えるには多額の建築費用が必要だが、自治体が原告ら一部の受益者のためにそのような支出をすることは許されない」などとして、「瑕疵なし」と反論した。

● 危険性を予見できた 多額の費用はかからない

 判決は、今本教授の意見は「被害当日の状況を合理的に説明するもの」であり、「十分に説得力がある」とする一方、大本教授の見解は「合理性に疑問がある」とした。

 そのうえで、(1)水路の構造に問題があり、豪雨のときに流出水が一気にあふれ出る危険性は予見できた、(2)その危険性は、たとえば高さ2m程度のコンクリート製擁壁を設置していれば防ぐことができた、(3)この措置に多額の費用を要するとは考えられないとし、水路の設置または保存に瑕疵があったと認めた。

 ただ、損害賠償については、水路からの流出水によって建物の柱や天井のずれが生じたとは断定できないとして、建物の修理費や休業損害などに関する請求は退け、外壁の修理費だけに限定して、賠償額を大幅に減額した。

 これに対し熊本市は、判決に納得できないとして控訴した。

● 「壁」になってきた最高裁判決 河川整備に財政的、技術的制約

 河川水害によって流域住民が被った損害賠償訴訟では、これまで「大東水害訴訟最高裁判決」(1984年)が「厚い壁」になってきた。

 この裁判は、1972年7月の豪雨で、大阪府大東市を流れる川(淀川の支流のそのまた支流)の未改修部分からの溢水(いっすい)によって床上浸水の被害を被った住民71人が、「改修工事を5年以上も放置するなど、管理に重大な瑕疵があった」として、河川管理者の国と費用負担者の大阪府などに損害賠償を求めたものだ。

 一審の大阪地裁も二審(控訴審)の大阪高裁も、国の責任を認め、原告勝訴の判決を出した。しかし、最高裁が、「控訴審判決の破棄・差し戻し」の判決を下し、差し戻し控訴審の大阪高裁が原告敗訴を言い渡した。原告は最高裁に再上告したが棄却された。

 最高裁判決は、河川は、道路などと根本的に違って自然条件などの制約が多いうえ、河川整備には財政的制約などがあるため容易には行政責任を問えないという考え方に立つ。

 そのうえで、河川管理の瑕疵の有無は、河川管理の特質に由来する財政的・技術的・社会的諸制約のもとで判断すべきであるとし、瑕疵が認められるのは、改修計画が格別不合理なものと認められる場合などに限られるとした。

 つまり瑕疵を認めるハードルをきわめて高くしたわけだ。

 この結果、被災住民が裁判に訴えても、よほどのことがない限り、河川管理に瑕疵があったとは認められなくなった。それまでは被災者が勝訴する判決が一審や二審では出ていたのに、これ以降はほとんどが敗訴する「冬の時代」が続いている(特殊な事情があった「多摩川水害訴訟」は原告勝訴)。

● 堤防強化や河道の浚渫 「先送り」を許すことに

 この最高裁判決は国や自治体の河川行政にどんな影響を与えたか。

 ダム問題に長年取り組んできた嶋津暉之・水源開発問題全国連絡会共同代表は、「財政難の中で河川改修を先送りしても責任は問われないことを前提に、堤防の強化や河道の浚渫(しゅんせつ)といった、洪水防止に真に必要なきめ細かい対策を先送りするようになった」と話す。

 そうした中で熊本地裁は、市町村が管理する小河川である水路についてではあるが、行政の瑕疵を認める判決を出した。

 これについて原告代理人の板井俊介弁護士は、「行政の河川管理における瑕疵を一部ではあっても認めた点で、画期的な判決だ」と評価し、熊本市に対し、該当水路や他の農業用水路で被害が起きないよう、ただちに対策をとることを求めている。

 また今本教授は、「この裁判で行政の河川管理の技術レベルが低いことが明らかになった。判決を機に、国も自治体も危機感をもって被害の発生を防ぐことに真摯に努力してほしい」と話す。

● 増える台風、集中豪雨被害 損害賠償訴訟にも影響?

 今回の熊本地裁の判決が注目されるのは、毎年のように起きる河川災害の被災者たちが相次いで、国や自治体に損害賠償を求める裁判を起こしているからだ。

 たとえば、2015年9月の関東・東北豪雨で14人の犠牲者を出した「鬼怒川水害」では、被災者ら30人が18年8月、国に3億3500万円の損害賠償を求めて提訴している。

 この時は、利根川水系・鬼怒川の下流域にある茨城県常総市で堤防が決壊し、堤防が未整備だった箇所からの溢水もあって、市の面積の約3分の1が浸水し、全壊が53戸、大規模なものも含め半壊が約5000戸に達した。

 原告弁護団は、「地盤沈下の進行で堤防が低くなり、洪水が起きれば破堤する危険性が高まっていた個所を国は放置し、堤防かさ上げ措置を講じてこなかった瑕疵」、「堤防がないため、洪水が起きれば氾濫する危険性が高かった箇所で、築堤工事を怠った瑕疵」などを指摘している。

 また今年1月には、2018年7月の西日本豪雨で、愛媛県の2つのダムの「緊急放流」で被害を受けた被災者と遺族の計8人が、国などに総額約8600万円の損害賠償を求め、松山地裁に提訴している。

 2つのダムは、肱川(ひじかわ)に建設された国直轄の野村ダム(西予市=せいよし)と鹿野川ダム(大洲市=おおずし)で、国土交通省四国地方整備局が管理している。

 豪雨でダムが満杯になり、流入する雨量とほぼ同じ量を緊急放流したため、川の流量が急にそれまでの6倍にも増えて氾濫。8人が亡くなり、約3500戸が被災した。

 原告側は「事前の放流を十分に行わなかったため、緊急放流が必要になり、被害を拡大させた」などと主張している。

 この水害では、西予市と大洲市が洪水の被害想定や緊急放流の危険性について住民への周知が不十分だったと原告側は主張し、とくに大洲市が緊急放流の情報を住民に伝えたのは実施の5分前であり、これが被害を拡大させたとして、両市にも賠償を求めている。

 さらに4月15日には、18年7月の西日本豪雨では、「小田川氾濫」による大水害で被災した岡山県倉敷市真備町地区などの住民が、国などに損害賠償を求める訴えを岡山地裁に起こした。

 この大水害では、高梁川(たかはしがわ)の支流である小田川の堤防が決壊し、真備町地区の3割が水没して、51人が亡くなった。

 この水害では、小田川の流れを変え、高梁川に合流する地点を現在よりずっと下流にする「付け替え工事」が、約50年前に計画されながら、国土交通省がその工事を実施してこなかった。

 付け替え工事は水害の約1年後の19年6月にようやく始まったが、これがもっと早く実施されていれば、合流地点の水位が約4メートルも下がるので、小田川の氾濫は防げた可能性が高いと考えられている。

 そうした事情を踏まえて弁護団は、「河道付け替え工事を怠った工事着工不作為の責任」などを裁判で問うという。

 これらの訴訟はそれぞれ状況は異なるが、「公の造営物の設置または管理に瑕疵」があったことを問う点では共通する。

 今回の熊本地裁判決は、これらの裁判に取り組んでいる人たちにとって参考にも励ましにもなると思われる。

 (ジャーナリスト 岡田幹治)