八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

事前放流へ統一運用/1級水系で治水協定締結/政府

 さる6月4日、首相官邸で「既存ダムの洪水調節機能強化に向けた検討会議」(第4回)が開かれました。
 この検討会議は、2018年の西日本豪雨でダムの緊急放流により犠牲者がでたことを受け、2019年の令和元年東日本台風の水害後に発足したもので、ダムの緊急放流を回避するために洪水前のダムの事前放流を進める方針を打ち出しています。官邸の方針を受けて、全国のダムでは事前放流をやりやすくするための治水協定が結ばれてきました。

 会議の資料は「既存ダムの洪水調節機能強化に向けた検討会議」の各回の「議事次第」をクリックすると表示されます。
 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kisondam_kouzuichousetsu/index.html

 第4回の会議資料は、資料1「治水協定締結の進捗状況」資料2「1級水系における各水系の水害対策に使える容量」です。

 治水協定の締結によって、全国のダムの治水容量を合計すると全体でこれまでの二倍になるとのニュースが5月に報道されたことをこちらのページでお伝えしましたが、菅菅義偉官房長官が6月4日の検討会議に関連して、同日の記者会見で八ッ場ダムを例に出して説明したことで、さらに大きく報道されました。
 菅官房長官は「(全国のダムの治水協定により、)拡大できた(ダムの治水)容量は、建設に50年、5,000億円以上かけた八ッ場ダム50個分に相当いたします」と説明しました。

 拡大できたと菅官房長官が説明したダムの治水容量は、資料2の合計値をもとにしています。
 この資料2は各水系ごとの集計値を示しています。八ッ場ダムが建設された利根川水系の欄を見ると、ダムの総数は51(多目的25、利水ダム26)、ダムの治水容量は日経新聞が報道しているように「3.6億立方メートルから6.3億立方メートルに増える」ことになっています。資料のとおりにダムの事前放流ができるのであれば、八ッ場ダムの総貯水容量よりはるかに大きな治水容量が新たに確保できることになります。半世紀以上の歳月と470世帯もの住民の立ち退き、巨額の公金投入による八ッ場ダム建設は何のためだったのかと、改めて思います。

画像=資料2「1級水系における各水系の水害対策に使える容量」より

 日経記事は「利根川は都心部を流れる江戸川や荒川などを支流に持ち、(利根川の治水容量の増大は)都市部の被害軽減につながる。」と説明していますが、ダムの治水効果はダムから遠ざかるほど減衰していきますから、江戸川における利根川上流ダムの治水効果は殆ど期待できませんし、荒川は利根川の支流ではありません。都市部の水害の多くはダムでは防ぎようのない内水氾濫です。少なくとも利根川水系に関する限り、今回の方針転換が「都市部の被害軽減につながる」とは言えません。

 各ダム(955ダム)の数字は以下の参考資料「一級水系のダム一覧」に示されています。

★第三回検討会議の参考資料「一級水系のダム一覧」 
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kisondam_kouzuichousetsu/dai3/sankou.pdf 

 この「一級水系のダム一覧」を見ると、事前放流で洪水調節容量が約2倍になるという話はあくまで機械的に計算した結果であって、実際にどれほど意味がある計算なのか不明です。
 個々のダムの数字を見ると、事前放流後の洪水調節容量が有効貯水容量より大きくなっているダムが少なからずあります。これは発電等の放流管が有効貯水容量の下部にある場合、堆砂容量の方まで食い込んで放流を続ける場合であって、そのようなことが実際にできるのか、きわめて疑問です。
 
 ダムの事前放流による治水容量の増大は、利水事業者との調整が必要で、これまでの縦割り行政では困難とされてきました。今回は官邸主導で、検討会議の議長である和泉洋人首相補佐官が古巣の国交省の要望を実現したように見えますが、どのような政治的な力が働いているのでしょうか。

 関連記事を転載します。

◆2020年6月4日 NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200604/k10012458261000.html
ーダムの洪水調節機能強化「八ッ場ダム50個分を確保」官房長官ー

 去年の豪雨災害を教訓に、ダムの洪水調節機能の強化を検討する関係省庁の会議が開かれ、菅官房長官は、発電や農業用水用のダムも活用できるようにするなど調整を進めた結果、洪水対策に八ッ場ダム50個分にあたる容量が確保できたと明らかにしました。

 政府は、去年の台風19号などの豪雨災害を踏まえ、ダムによる洪水調節機能を強化する必要があるとして、発電や農業用水用も含む、全国のおよそ1500のダムについて、洪水の危険が予想された場合の「事前放流」など、洪水対策に活用できるか調整を進めてきました。

 4日開かれた関係省庁の会議で、菅官房長官は「すべてのダムの有効貯水容量のうち、水害対策に使うことのできる容量を、これまでのおよそ3割からおよそ6割へと倍増することができた」と述べ、拡大できた容量は、群馬県の八ッ場ダム50個分にあたると明らかにしました。

 そのうえで、「これから本格的な雨の時期を迎えるなか、国民の生命と財産を水害から守るため、既存ダムの事前放流など、国土交通省を中心に一元的に行う新たな運用を開始してもらいたい」と指示しました。

 また、菅官房長官は、さらなる容量の拡大に向けて検討を進めるとともに、降雨量やダムへの流入量などをAI=人工知能で予測する仕組みの早期の実用化を目指す考えを示しました。

◆2020年6月4日 日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59989080U0A600C2PP8000/
ー洪水対処能力、既存ダム活用で倍増 都心部も手厚くー

 政府は4日、台風などによる洪水への対処能力を倍増させる対策案をとりまとめた。菅義偉官房長官が既存の利水ダムの活用などによって新たなダムをつくらずに八ツ場ダム50個に相当する有効貯水容量を確保したと公表した。巨額の費用と時間を投じてきた治水対策を転換する契機となる。

 洪水対策は昨年、日本列島を襲った台風19号の甚大な被害を受け、菅氏のもとで検討を進めてきた。菅氏は同日、首相官邸の検討会議で「電力や農業用水などのダムを最大限活用し、洪水調節機能の強化に取り組む。国民の生命と財産を水害から守る」と述べた。

 急激な豪雨が降った際、一時的にダムにため込む洪水調節容量を全国でこれまでの46億立方メートルから91億立方メートルに増やす。群馬県の八ツ場ダムの有効貯水容量は0.9億立方メートルだ。新たに生まれる容量は八ツ場ダム50個分に相当する。

 神奈川県の武蔵小杉などの浸水被害が生じた多摩川水系で新たに3600万立方メートルの容量を確保した。昨年の台風19号と同程度の台風なら浸水の被害を防ぐことができるという。

 利根川水系のダムの貯水容量も3.6億立方メートルから6.3億立方メートルに増える。利根川は都心部を流れる江戸川や荒川などを支流に持ち、都市部の被害軽減につながる。大阪を流れる淀川や愛知などの木曽川なども従来の2倍程度の能力の確保にメドをつけた。

 ダムに頼ってきた従来の洪水対策は効果が出るまでの費用や時間が課題だった。八ツ場ダムは1952年に調査に着手し、完成まで70年と総額5000億円の事業費がかかった。

 それでも地球温暖化を背景とした豪雨への対応は難しく、昨年の台風19号は5県6カ所のダムで決壊を防ぐための緊急放流をした。緊急放流は下流の河川を氾濫させる危険性があり、人的な被害も生じる。

 今回はこれまでの治水対策を転換し、短期間・低コストで対処した。精緻化した天気予報を元に大雨が予想される1~3日前にダムの水位を下げる事前放流を活用する。ダム自体の工事はしなくとも、豪雨時に活用できる容量を増やし、ダムの決壊や緊急放流を防ぎやすくする。

 縦割り行政を排し、治水に使ってこなかった利水ダムも活用する。洪水対策は国土交通省の所管ダムが中心だった。経済産業省や農水省が所管する水力発電や農業、上下水道などに使う利水ダムは発電や農業用水の目的にしか使われなかった。

首相官邸が関係省庁に指示し、これまでに109の1級水系のうちダムのある全ての水系で電力や農業などの管理者と治水協定を結んだ。今月から事前放流などの運用を始め、今年の梅雨や台風に備える。

人工知能(AI)も重視する。事前放流は気象庁の気象予測モデルを基準に判断をする。気象庁は気象衛星「ひまわり」のデータや最新式レーダーの導入に加え、新たなAI技術の活用を進める。

◆2020年6月8日 建設通信新聞
https://www.kensetsunews.com/archives/460092
ー事前放流へ統一運用/1級水系で治水協定締結/政府ー

 政府は、国土交通省が管理する1級水系で、大雨が予想される際の水害対策に発電用ダムや農業用ダムなどの利水ダムを活用し、あらかじめダムの水位を下げる事前放流の実施体制を整えた。国交省とダム管理者、関係利水者が治水協定を5月までに締結し、有効貯水容量に対して水害対策に利用できる容量の割合を従来の3割から6割に増やした。国交省が4月に策定した事前放流ガイドラインに沿って、多目的ダムと利水ダムの統一的な運用を今出水期に始める。

 政府が4日に開いた「既存ダムの洪水調節機能強化に向けた検討会議」で、治水協定締結の進捗状況を確認した。菅義偉内閣官房長官は、国民の生命と財産を水害から守るため、国交省を中心とした関係省庁が治水協定に基づき、既存ダムの事前放流などを一元的に行う新たな運用を開始するよう指示した。また、降雨量とダムへの流入量をAI(人工知能)で予測する技術について、研究開発を進める国交省と気象庁に対して早期の実用化を求めた。

 1級水系は、全109水系のうち99水系にダムが955カ所ある。その有効貯水容量は152億6300万m3で、このうち多目的ダムの洪水調節容量は3割に当たる45億8900万m3となっている。

 利水ダムを水害対策に最大限活用するため、洪水調節可能容量(洪水調節に利用可能な利水容量)を設定する治水協定を99水系で結んだ。これにより、新たに45億4300万m3を水害対策に利用できるようになり、洪水調節容量と洪水調節可能容量を合わせた水害対策に利用できる容量は6割の91億3300万m3に倍増した。追加分の45億4300万m3は、3月に完成した八ッ場ダム50個分に相当する。

 政府は、水害対策に利用できる容量のさらなる拡大に向け、ダムのゲート改良などハード・ソフト一体となった対策を講じる方針で、水系ごとの工程表を6月にまとめる。

 都道府県が管理する2級水系でも治水協定の締結を支援し、利水ダムが事前放流を実施する体制を河川全体で整備する考え。国交省によると、2級水系でダムがある354水系のうち、福島県管理の鮫川水系は治水協定を締結済みで、75水系では治水協定締結に向けた協議が始まっている。