球磨川の決壊

 7月4日の熊本豪雨による球磨川水害では、流域の11カ所で川の水があふれ、広い地域が浸水しました。
 堤防から水があふれることを越水、堤防のない所であふれることを溢水と呼びます。球磨川では堤防整備率が76%にとどまるそうです。

 水害で最も危険とされるのは堤防の決壊ですが、今回の球磨川水害では、堤防の決壊箇所は人吉市中神町右岸のみでした。30メートルも決壊したこの箇所は、旧川跡であったということですが、地元の方からの情報によれば、これは球磨川からの越水によるものではなく、上流側で越水した流れが集中し、排水樋管ではけきれず、球磨川本川側に堤防を越えたために決壊したとのことです。

 右の電柱の写真は、2年前の7月に人吉市を訪ねた時に下青井町で撮影したものです。洪水の浸水高を記録した旧建設省名のプレートが取り付けられており、上のラインは55年前の昭和40(1965)年の浸水高2・1メートル、下のラインは昭和46年の浸水高1・1メートルを記録しているのですが、報道によれば今回は4・3メートルの高さまで水が達し、2倍以上の浸水高だったということです。

◆2020年7月7日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/ASN775606N76ULBJ015.html
ー熊本・人吉の水害「過去最大級」 55年前の浸水高超えー

  豪雨で広く浸水した熊本県人吉市の市街地の浸水高が、昭和40年代にあった二つの水害よりもはるかに高かったことが、熊本大くまもと水循環・減災研究教育センターの現地調査で分かった。浸水した範囲も広く、今回の水害は過去最大級だったとみられるという。

【写真まとめ】50年に一度の大雨 街は濁流にのまれた
 センターは5日、球磨川北岸にあたる人吉市上青井町や宝来町などを調査。下青井町の電柱には、洪水の浸水高を記録した旧建設省名のプレートが取り付けられており、55年前の昭和40(1965)年に2・1メートル、昭和46年に1・1メートルとあった。今回は4・3メートルの高さまで水が達しており、2倍以上の浸水高だった。

 松村政秀教授(橋梁(きょうりょう)工学)は「川から離れた場所まで水が来ていて、浸水域の広さに驚いた。過去最大級の被害だ」と話した。

 小規模な氾濫(はんらん)の場合、あふれた水は川から離れる方向に流れるが、今回調査した地域では、球磨川の流れに沿う方向に物が流されていた。石田桂助教(水文気象学)は「あふれた水の量がかなり多く、まるで川幅が広がったように物を押し流していったか、支流も氾濫していた可能性がある」とした。

 センターは暫定の調査結果を速報としてホームページ(https://cwmd.kumamoto-u.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2020/07/report_20200706.pdf別ウインドウで開きます)で公開した。(藤波優)

◆2020年7月6日 日経XTECH
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01360/00006/
ー球磨川の決壊箇所は旧川跡、「重要水防箇所」で氾濫多数ー

谷川 博 日経クロステック/日経コンストラクション
 熊本県南部での集中豪雨によって球磨川の国管理区間で決壊や越水などが発生した12カ所は、水害の恐れのある「重要水防箇所」だと分かった。なお、30mにわたって決壊した堤防は旧川跡で、地質のもろさなどから「要注意」と判定されていた。

 球磨川の国管理区間で決壊や越水、溢水をした12カ所が「重要水防箇所」に位置付けられていた。図の緑色部が洪水が堤防を越える恐れのある「Aランク」、青色部が堤防の高さなどに余裕がない「Bランク」、黄色部が過去に堤防が壊れたなど「要注意」、無色が背後地に市街部などがある「重点」。「重点」箇所では、2016年3月に堤防が新設された。新設堤防は、圧密で盛り土が締め固められるまで一定期間を要する。そのため、完成後3年未満の箇所は「要注意」に位置づけられる。「重点」箇所は、堤防の完成後4年以上がたっていたため、「要注意」の対象から外れていた。国土交通省九州地方整備局の資料に、日経クロステックが着色

 球磨川を管理する国土交通省九州地方整備局は毎年3月、水防で特に注意が必要な箇所を「重要水防箇所」に位置づけ、地元の市町村や水防団に周知している。

 球磨川の国管理区間は100.3㎞。洪水が堤防を越える恐れがある「Aランク」は47カ所、堤防の高さに余裕がない「Bランク」は78カ所、完成後3年未満の箇所や過去に堤防が壊れたり川が流れていたりした「要注意」は71カ所、背後地に市街部などがある「重点」が22カ所ある。2019年時点の堤防整備率は76%だった。

 堤防を越えて水が流れる越水や、堤防のない箇所から水があふれる溢水(いっすい)が発生した11カ所のうち、Aランクが1カ所、Bランクが6カ所、要注意が3カ所、重点が1カ所だった。要注意の3カ所は、いずれも1965年7月の戦後最大の洪水で堤防が壊れた箇所だ。

 一方、決壊した人吉市中神町の堤防は、かつて蛇行して流れていた川を直線化する際に造った。

 砂礫(れき)層の地盤が多い旧川跡では一般的に、川の水が地中の砂礫層を通って堤防背後の土地に噴出する「パイピング現象」が発生しやすい。この現象が生じると堤防が壊れやすくなる。

 河川の専門家の間では、「旧川跡はもともと川が流れたがっていた場所だ。堤防をいくら補強しても、決壊を完全に防ぐのは難しい」といった指摘もある。そのため、旧川跡は堤防の改修などを行った後も、重要水防箇所の要注意の対象から外さない。九州地整は今後、詳細に決壊の原因究明を進める方針だ。

◆2020年7月8日 日経XTECH
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01360/00008/?n_cid=nbpnxt_twbn
ー球磨川中流域で水位急上昇、上流の人吉盆地で行き場失うー

 7月3日から4日にかけて九州南部を襲った大雨で、全域にわたって氾濫した球磨川。国土交通省が設置した水位計の観測データを基に日経クロステックが分析したところ、氾濫のメカニズムが分かってきた。

 国交省の速報値によると、球磨川流域で浸水面積は約1060ha、浸水戸数は約6100戸に上る。中でも浸水被害が大きかったのは上流域にある熊本県人吉市で、同省によると市内の約450ha、約3700戸が浸水したとみられる。

 球磨川の水位が上昇し始めたのは3日午後3時ごろ。まず、最上流の「多良木」をはじめ、「一武(いちぶ)」や人吉市内の「人吉」といった上流域にある観測所の水位がじわりと上がる。

 次に変化が起こったのは4日午前0時ごろだ。中流域の熊本県球磨村にある「渡(わたり)」と「大野」の観測所で水位が急上昇を始める。

 例えば、渡観測所では4日午前0時に3.16m(標高に換算すると86.37m)だった水位が、午前3時に8.33m(同91.54m)と5m以上も上昇。さらに、午前5時30分には計画高水位11.33m(同94.54m)を突破した。データが欠測する直前の午前7時30分の水位は12.88m(同96.09m)に達した。

 渡観測所の付近では、JR肥薩線の第二球磨川橋梁や県道325号の相良(さがら)橋が流失。700mほど東側には、建物1階が水没して入所者14人が亡くなった特別養護老人ホーム「千寿園」もある。

 球磨川は人吉市の市街地が広がる上流域の人吉盆地を流れた後、渡観測所の周辺から先の中流域で様相が一変する。約40kmの区間にわたって川の両側に山が迫り、川幅が急に狭まるのだ。渡と大野の両観測所で水位が急上昇したのは、中流域の狭窄(きょうさく)部に上流から大量の水が押し寄せた影響とみられる。

「引き堤」など河川改修もしていたが
 中流域の水位が上昇した影響を受けて、上流域でも排水が思うように進まず、行き場を失った水によって水位が上昇。人吉観測所では4日午前5時50分、計画高水位である4.07m(同105.68m)を突破し、周辺で堤防決壊や越水が相次いだ。

 盆地の下流側に位置する人吉市では、球磨川の氾濫によって過去に何度も浸水被害が発生している。いずれも同様のメカニズムが働いたとみられる。

 人吉市内では堤防の位置を動かして川幅を広げる「引き堤」などの河川改修事業を進めてきた。しかし、多くの雨量観測所で観測史上最多の日雨量を記録した今回の大雨にはあらがえなかった。