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(耕論)豪雨列島の治水(朝日新聞)

 朝日新聞が治水対策に関する三者へのインタビュー記事を大きく取り上げました。聞き手は、河川の問題を長年取材してきた伊藤智章記者です。
 7月4日の球磨川水害と川辺川ダム計画についても、今本博健京都大学名誉教授の見解として取り上げられています。
 記事の要旨をお伝えします。

◆2020年9月4日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14609549.html
ー(耕論)豪雨列島の治水 渡辺圭司さん、今本博健さん、秦康範さんー

 多数の高齢者が犠牲となった7月の九州豪雨をはじめ、大型台風や記録的大雨による被害が各地で絶えない。台風の襲来が本格化する9月。今あるべき治水とは何か。

■高齢者、避難もリスクに 渡辺圭司さん(特養老人ホーム「川越キングス・ガーデン」施設長)
 昨年秋の台風19号で、近くの越辺(おっぺ)川(埼玉県、荒川水系・入間川の支流)が氾濫し、特養老人ホームも約150センチの床上浸水。100人の入所者・利用者は何とか施設内の階上に避難して無事だった。
 事前に、正面玄関の階段への浸水を避難の「物差し」としていた。台風通過後の10月13日未明、階段の水位警戒を頼んでいた副施設長が「階段の水が10段目まで来ている」と知らせてくれた。全員が別棟の2階へ避難。台風が通過したのに浸水が進んだのは、近くの川の堤防が決壊したからだと後で知った。
「私たちの施設は近く、ハザードマップのうえで水害リスクのない別の土地へ移転予定です。ただ、どの特養でも、ハード面の防災対策には経済的な負担もあるでしょう。社会福祉法人は、上物の建物には行政の補助金がありますが、土地は自前で購入しなければなりません。こうした課題もまだ残っていると思います。」

■「ダム・堤防で完結」、転換を 今本博健さん(京都大学名誉教授)
 国土交通省の8月25日の発表によると、人吉市のピーク流量は毎秒7500トンあったが、中止された川辺川ダムが建設されていれば、ピーク流量2800トン減らし、4700トンにできたという。そうであれば、被害は大幅に軽減できことになる。
 だが水位と流量の観測結果から、私が推定する人吉市の流量は、8500トンを超えている。近くの観測所水位から推定すると、川辺川ダムの最大流入量は2800トン。放流量を200トンとすると、2600トンは調節できる。ダム下流での流入もあり、人吉市での効果は2千トンと推定。結局、ダムがあっても人吉市の流量は6500トンを超え、甚大な被害は避けられない。
 私の推定に比べ、国交省は人吉市流量を過小に、ダムの効果を過大に評価している。いずれが正しいのか、もっと詳しい検証が必要。線状降水帯の状況によっては、川辺川ダムが緊急放流を行わなければならない事態となった可能性もある。そうなれば、水害はもっと悲惨なものになったであろう。
 国交省は最近、滋賀県で始まった「流域治水」を取り入れようとしている。河川での対策にとどまらず、雨水貯留施設建設や土地利用規制など面的に取り組む、という。方向は正しい。ただこれまで「総合治水」や「超過洪水対策」を打ち出しても、中途半端に終わっている。

「利根川なら200年に1回の大洪水を想定し、ダムや堤防で対応しようとする、これまでの「定量治水」方式は限界です。規模が膨らみ過ぎ、時間と経費がかかりすぎ、完成目途が立たず、住民が危険にさらされたままになってしまう。球磨川では川辺川ダムを造ってもまだ足りず、さらなる対策が必要になる。半永久的に完結しません。
 実現可能な対策を積み重ね、対応できる洪水の規模を大きくしていく「非定量治水」に切り替えるべきです。堤防をコンクリートや鉄で補強し、河道に堆積(たいせき)した土砂や樹木を取り除くだけで川の安全度は上がります。水があふれても堤防が壊れなかったら、水流は弱まり、被害を少なくできる。避難を徹底し、物的被害は公的な補償をすべきです。本気で河川政策の転換に取り組んでほしい。」

■危ない土地、開発控えて 秦康範さん(山梨大学准教授)
 8月28日から不動産取引の際、水害リスクの告知が義務づけられた。多くの住民が自分の土地の水害リスクを知らない。
 私が住む甲府市では、信玄の時代からの比較的安全な市中心部が廃れる一方、郊外の川に近く、2メートルを超える浸水危険性のある地域が宅地化されている。
 それが全国で起きている。1995年からの20年で、浸水想定区域の世帯は全国で300万増えて1520万世帯に、人口は150万人増え3540万人になった。しかも47都道府県すべてで世帯が増え、人口は30都府県で増えている。青森県や高知県など17道県は人口が減っているのに世帯数が増えている。
 権利調整のややこしい旧市街地を再開発するより、これまで開発されてこなかった郊外の方が土地は入手しやすく、大規模な開発ができる。買い手も手頃な値段で住宅を購入できる。しかしこうした土地は災害リスクが高く、復旧には多くの費用がかかる。結果的にコスト高になり、持続可能ではない。

 少なくとも災害リスクの高い地域の新規開発抑制が求められる。しかし、市町村が自分の街だけ規制を厳しくすれば、隣の市町村に人口が逃げていきます。流域全体で規制するなど、より広域で調整すべき問題。

「東京はすでに何百万人もがゼロメートル地帯に住んでいる。危ない所に住むな、とは言いにくいが、浸水地域に100万人を超える人たちが孤立する恐れすらある。高層ビルをデッキでつなぎ、避難しやすくする浸水対応型都市の提案もあるが、こちらもリスクを直視しなければいけない。

 地方の多くの都市はとっくに人口減少が深刻になっています。これ以上、郊外の開発を進める時ではない。減っていく人口を奪い合い、危ない土地をさらに開発していく愚はやめるべきでしょう。」