川辺川ダム必要論再燃 流域市町村首長ら、自民党国会議員らと会合(毎日新聞)

 7月の洪水で大きな被害を被った熊本県・球磨川流域の10市町村らの会合がありました。自民党の国会議員、県会議員らも参加したとのことで、ダム推進の政治の動きとして、その会合の様子が報道されています。

 川辺川ダム建設促進協議会の会長を務める錦町の森本完一町長は川辺川ダムについて、「今までのような反対が一番嫌ですよね。反対運動が起きたり、賛成反対と(割れた状態に)また戻ってしまえば、もうだめですよ」と語っており、水害被災地における住民の運動がダム計画の行方に大きく影響しそうです。

◆2020年10月1日 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20201001/k00/00m/040/251000c
ー川辺川ダム必要論再燃 流域市町村首長ら、球磨焼酎囲み語った3時間 九州豪雨ー

 9月28日夜、熊本県錦町の結婚式場に、7月の九州豪雨で氾濫した球磨川流域の10市町村長をはじめ、地元選出の自民党国会議員や県議が顔をそろえた。公式にはオープンになっていない会合で、予算に関する地元の要望を国会議員に伝えるため首長や県議側が呼びかけた。

 球磨焼酎を飲みながら3時間近くにわたった会合では、豪雨で被災したJR肥薩線の復旧問題などとともに、川辺川ダムの建設も話題に上った。球磨川支流の川辺川に建設が予定されていた川辺川ダム計画は、旧民主党政権時代に中止になったが、豪雨後、にわかに必要論が再燃している。

 会合は非公開だったが、複数の出席者によると、ある首長がダム建設のためには流域市町村が一致する必要があると訴え、金子恭之(やすし)衆院議員と松村祥史(よしふみ)参院議員もダム建設の必要性に言及。松村氏は会合後の取材に、ダム建設は特に話題にならず「復興を頑張りましょうということだった」と述べたが、複数の出席者は、松村氏が元県議会議長でダム推進派だった父親(故人)への思いにも触れながら話していたと証言する。

 川辺川ダム計画は2008年に熊本県の蒲島郁夫知事が「白紙撤回」を表明し、翌年、旧民主党政権が中止した。知事の決断の背景には、ダム本体の建設予定地だった相良(さがら)村の村長や最大受益地でもある人吉市の市長の反対表明があったが、両首長とも既に交代している。

 「前回のように一つの市町村でも否定的になれば、ダムはできない。互いの動きに不信感が出ないようまとまることが大事だ。お酒を酌み交わしながら本音で話しあえたことでダム建設に向けて前進した」。国会議員らとの会合を終えた後、ダム建設に積極的な首長の一人は満足そうに語った。

ダム建設「一枚岩」にも慎重論
 「一人もこぼれることなく団結している」。9月18日の熊本県議会本会議。自民党会派を代表した質問で、松田三郎県議は7月の九州豪雨で氾濫した球磨川の治水対策として川辺川ダム建設を検討するよう蒲島郁夫知事に迫った。被災地の球磨郡選出で、党県連幹事長も務める松田氏は「今回の豪雨災害で民意も大きく変わった。住民を代表する市町村長の意見を最大限に尊重すべきだ」と続けた。

 豪雨後、球磨川流域自治体の動きは早かった。球磨郡の9町村と中下流3市町の12市町村でつくる「川辺川ダム建設促進協議会」は豪雨から1カ月半後の8月20日、「川辺川ダム建設を含む抜本的な治水対策を講じるべきだ」と決議。流域自治体が一致してダム建設を求める方針を表明した。

 2008年に川辺川ダム計画を「白紙撤回」した蒲島知事は、豪雨翌日の7月5日に「ダムによらない治水を極限まで検討する」と改めて強調したが、流域自治体から突き付けられた「総意」を無視できなくなった。8月26日の記者会見で「ダムも選択肢の一つ」と述べ、川辺川ダム反対の姿勢を事実上転換した。

 ただ、ダム建設で「一枚岩」に見える市町村長の中にも慎重意見はある。「川辺川ダム建設を含む治水対策」の決議に名を連ねた首長の一人は「十分な議論もしないまま決議しており、一致とは言えない。(推進派に)利用されている」と不快感を隠さない。豪雨で市街地が浸水した人吉市の松岡隼人市長も取材に「科学的な検証結果が出るまでは何とも言えない」と述べ、ダムの是非について明言を避けた。

 ダム計画が中止された後、国と県、流域自治体はダムに代わる治水対策を検討してきた。だが、自治体間の利害対立もあって結論が出ないまま、ずるずると時間が経過。手っ取り早い対策を求める首長や、工事受注に期待する建設業界などからは、用地買収がほぼ終わっていた川辺川ダムの復活を模索する声も出始めていた。豪雨を機に、水面下で語られていたダム必要論が公然と噴き出した形だ。

「反対運動起きたらもうだめ」
 多数の犠牲者が出た事実を前に、今のところ08年以前のようにダム反対の動きは大きな広がりを見せていない。慎重意見を無視し、推進派の首長たちが結論を急ごうとするのは、豪雨被害の記憶も新しい今がダム復活のチャンスとみなしているからにほかならない。川辺川ダム建設促進協議会の会長を務める錦町の森本完一町長は「今までのような反対が一番嫌ですよね。反対運動が起きたり、賛成反対と(割れた状態に)また戻ってしまえば、もうだめですよ」と話す。

 協議会を構成する12市町村長は9月28日午前、福岡市の国土交通省九州地方整備局を訪れ、国に対してもダム建設を要請したが、この際も防災服姿で統一して一致団結している姿をアピールした。うち10市町村長が熊本県錦町で国会議員らと非公式の会合を持ったのは、その日の夜のことだ。

 公式非公式問わずダム推進派の動きが活発化する中、蒲島知事は早ければ11月にも球磨川の治水対策に関する県としての判断を示す見通しだ。県幹部は「知事はダム計画を白紙撤回した責任者であり、(今回の被害に)ショックを受けている様子だ」と語る。その上で、08年の白紙撤回について「当時は民意がダムを選択していなかったからで、知事自身は当時もダムの有効性は認めていた」と解説。今回、ダムを求める民意が大きいと判断すればダム建設にかじを切る可能性もあるとの見方を示す。

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 熊本県内だけで65人が亡くなり、2人が行方不明になっている九州豪雨の発生から4日で3カ月となる。豪雨を機に再燃する川辺川ダムを巡る動きを探った。

川辺川ダム計画
 1963~65年に球磨川で大規模洪水が相次いだことを受け、66年に支流の川辺川(熊本県相良(さがら)村)に国営の治水ダムとして建設が計画された。その後、かんがいを目的とした利水や発電も加わり多目的ダムに発展、事業費は約2650億円に膨らんだ。村中心部の大部分が水没する上流の同県五木村で住民が長年反対運動を繰り広げてきたが、82年に受け入れに転じ、予定地の住民の移転と買収はほぼ完了している。2009年に旧民主党政権が中止を決めた。【平川昌範、城島勇人】