連載「混迷の石木ダム」(長崎新聞)

 長崎県が強行しようとしている石木ダム事業。ダム予定地では今も13世帯の住民がこれまでと変わらぬ暮らしを続けていますが、長崎県と佐世保市は昨年9月にすべての事業用地について強制収用の手続きを取りました。
 家屋を含むすべての土地の明け渡し期限(昨年11月)から一年たち、長崎県知事による行政代執行の可能性が取り沙汰される中、地元紙が石木ダム事業の当事者5人へインタビューした連載記事を掲載しました。
 石木ダム事業の問題と現状がよくわかります。

◆2020年11月21日 長崎新聞
https://this.kiji.is/701995600895968353
ー中村法道知事 代替案なく不退転の決意ー

 長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業。事業採択から45年の歳月が流れ、県は家屋などを強制撤去できる行政代執行の一歩手前まで手続きを進めてきた。だが今も水没予定地に暮らす13世帯は反対の姿勢を崩さず、事態は混迷を深めている。互いが納得する形で解決する余地はないのか。中村法道知事に聞いた。

 -事業が進まない要因と県の責任をどう考えているのか。

 川棚川の治水の安全性確保と佐世保市の慢性的な水不足解消のため「ダム建設に依(よ)らざるを得ない」と、地元住民の理解が得られるよう歴代知事や職員が何度も戸別訪問するなど努力を重ねてきた。この間、1982年に強制測量を実施し、行政に対する不信感が相当大きくなったのは事実。この点について当時の高田勇知事はのちに「ご心労、ご迷惑をお掛けした」旨の発言をされており、私たちも同じ思いを申し上げてきた。ただそうした経過の中でも8割の地権者の方々から土地を提供していただいた。住民の安全安心の確保が強く求められる中、ダムがいまだに完成していないことに強く責任を感じている。

 -ダムの治水、利水効果について県・佐世保市と反対住民の主張は溝が深いが、埋められると思うか。

 これまでに河川の氾濫が起きた降水量には現在進めている河川改修で対応できるが、それ以上の100年に1度かつ最も危険な雨の降り方でも、住民の生命・財産を守るという水準で事業を進めている。利水では人口は減少しているのに水の需要予測が過大と指摘されているが、一定の余裕量は必要。全国のダムも同様に推計されている。時間をかけて説明すれば理解していただけると思う。だが事業を白紙に戻さなければ話し合いに応じないといった主張が繰り返され、耳を傾けてもらえない状況が続いており非常に残念だ。

 -県幹部は昨年9月以来の知事との面談を働き掛けているが、住民は先に工事の中断を求めている。

 大規模災害が頻発するような状況では一刻も早い環境整備は行政の責務。話し合いが進まなければ工事再開もあり得る、との前提で話し合うことはあるかもしれない。実現すれば、まずはダムの必要性を理解してもらうことが最も重要になる。幾通りもの選択肢の中から今の案を選んできた経過があり、さまざまな疑問に答えられる。

 -知事は行政代執行について「(2022年3月までの)任期中に方向性を出したい」と述べている。

 住民の理解を得て事業を完成させるのがベスト。行政代執行は最後の最後の手段。状況の推移を見極めながら総合的かつ慎重に判断したい。

 -行政代執行に踏み切れば、県も世間から批判されダメージは大きい。現実的な選択肢になり得るのか。

 新たに50戸以上の移転を伴う河川拡幅や、海水淡水化装置の導入など、相当コスト高になってもダム以外の手法を選択するという県民・市民の意見が多く出てくれば話は別だが、現実的に考えると代替案はない。不退転の決意で事業に臨まなければならないと考えている。行政代執行がやむを得ない局面となれば、批判やお叱りを甘んじて受ける覚悟で進めなければならない。

 -それは政治生命を懸けるという意味か。

 行政代執行をするのであれば、まさに政治生命を懸けた決断が必要になる。

◆11月22日
https://this.kiji.is/702358070994617441?c=174761113988793844
ー絶対反対同盟・岩下和雄さん 「話し合い」今が機会ー

 -石木ダム建設事業に反対する理由をあらためて。

 ひと言で言うと、私たちの生活を犠牲にするだけの効果も利益もないから。川棚川の治水は堤防補強と河底のしゅんせつで十分対応でき、その方が安くて早い。県は当初「河川改修に30~40年かかるが、ダムはもっと早い」と説明した。初めから河川改修すれば、今ごろ完了していたはずだ。

 -佐世保市の利水については。

 計画当初、同市は将来的に日量17万トンの水が必要だから石木ダムの6万トン(現在は4万トン)で補うと言っていたが、今年の給水実績は多くて日量7万トン弱。もう必要なくなったということ。どうしても足りないというなら、地下ダムなどの方法もある。市の水需要予測は必要以上に多く、実際の保有水源も過小評価だ。

 -県は「話さえ聞いてくれれば、理解してもらえる」と主張している。

 だったら強引な方法をやめて、私たちの同意を得るべきだ。1972年の予備調査前には「地元の同意を得てから建設する」と約束した覚書も交わしたのに破られた。私たちは「必要性の話し合いならいつでも応じる」と言ってきた。応じなかったのはむしろ県側。移転を前提にした補償交渉しかしようとしなかった。

 -今後、県側と「話し合い」のテーブルに着くための条件はあるのか。

 現時点の工事の中断。県は「白紙撤回」が条件ととらえているようだが、そんなことは言っていない。話し合いの結果として白紙に戻ることを望んでいる。県もダム建設を望むなら、両者で対等に意見を交わし、私たちの同意を得てから工事を再開すればいい。「工事は続ける。話し合いに応じろ」は対等と言えない。

 -ダム用地の地権者の8割は同意した。

 最初から移転を望んでいた人もいる。絶対反対同盟から移転した人は22世帯のうち9世帯で半分に満たない。彼らも個別の事情で移転したのであり、ダムに賛成したかのように言いはやすのはおかしい。

 -県は行政代執行も選択肢から除外しない構えだ。

 ありえない。全国的に見て、これだけの人が実際に生活を営む土地での代執行は、ダムに限らず例がない。強行すれば、これまでダムに関心がなかった人にも支援の輪が広がるだろう。だから県は工事をストップしてでも、私たちと話し合う必要がある。今が一番いいタイミングではないか。本当は強制収用前に話し合ってほしかったが。

 -13世帯の結束に変わりはないのか。

 何ら変わらない。むしろこれまでの強硬策で、県への不信感は大きくなった。私たちは移転しても、今のように地域に溶け込んだ生活はできない。それぞれに老後の計画や夢もあったのに、10年前に付け替え道路工事が始まってからは現場で抗議する毎日。みんなで広場に集まり、グラウンドゴルフを楽しむこともできなくなった。老後の生活がダムで犠牲になったことは悲しい。一日も早くこの問題が解決することが、一番の願いだ。

◆2020年11月21日
https://this.kiji.is/702714763617387617
ー朝長則男 佐世保市長 渇水の苦しみ 二度とー

  -なぜ石木ダムが必要なのか。

 戦前から佐世保は、旧日本海軍が造ったダムに頼りながら発展した。戦後は米軍や自衛隊の基地ができ、造船で工業化も進んだ。急激に人口が増える中、十分な水を確保できない状態が続いていた。そうした中、1994年に大渇水が起きた。給水制限が264日間(8月1日~95年4月26日)に及び、48時間のうち5時間しか水が出ない過酷な状況もあった。当時を知る市民は減ったが、あの苦しみは二度と経験させたくない。備えとして、石木ダムで必要最小限の水を確保したい。

 -反対する住民らと真剣に向き合ってきたか。

 市長就任直後の2007年5月から毎月現地へ出向き、(反対する)13世帯を戸別訪問するなどしてお願いを続けた。当初は耳を傾けてくれる住民もいたが、09年に事業認定を申請してから態度が厳しくなった。何度も怒鳴られたりして、警察を含め周囲から「危ない」と注意を促された。以来、訪問を控えているが、(住民を説得したい)気持ちは変わらない。

 -知事は昨年9月に反対住民と面談した。市長はしばらく対面していない。

 県に対応を任せており、知事から同席を求められればいつでも出向く。ただ、(反対派との)行政訴訟も続いており、今は議論をするタイミングではないとも感じている。

 -事業への理解が深まらない要因は。

 反対する住民には理解してもらえないが、佐世保市民と川棚町民の大半は事業の必要性を理解している。(反対する)市民団体は、住民への同情や、ダム自体を認めたくないという考えもあるのかもしれない。(理解の程度を)ひとくくりには言えない。

 -人口減少社会の中で、佐世保市の水需要予測は「過大」との指摘もある。

 私たちは国の指針に基づいて予測し、国から事業の補助金をもらっている。国に認められた予測であり、市が独断で決めていない。

 -代替策はないのか。

 コストを無視し、いくらでも公金を使えるのであればあるのかもしれない。ただ、海水淡水化装置にしても漁業者との調整など多くの課題が出てくる。さまざまな可能性を調査した上で石木ダムが最適という結果が出た。漏水対策や再生水の活用などの取り組みも続けているが、まとまった水量を確保できるダムの代替策としては「現実論」にならない。私から建設の中止を言い出すことはない。

 -県は、家屋などを強制的に撤去する行政代執行も選択肢の一つとする。行政代執行を認めるか。

 総合的な要素の中で知事が最終的に判断すること。現段階で私が言及することはないが、これまでの知事の発言は支持する。

 -市は行政代執行を知事に請求できる。任期中に請求する考えはあるか。

 市民や議会から「知事に言うべき」と求められれば、知事に相談するかもしれない。ただ、今はそこまでの状況とは考えていない。

◆11月22日
https://this.kiji.is/703048208706372705
ー石木川まもり隊・松本美智恵さん 市民生活困っていないー

 -活動を始めた経緯は。

 2008年に埼玉県から佐世保市へ移り住んだ。当時から、「石木ダムは市民の願い」とアピールする市の姿勢に疑問を感じていた。市民とは一体誰なのかと。ダムの勉強会に参加し、建設予定地の住民が「なぜ佐世保の犠牲にならなければならないのか」と訴える姿にショックを受けた。水事情を調べるうちに、新しいダムが必要なほど市民は生活に困っていないと分かった。多くの人と情報を共有するため、09年にホームページを立ち上げ、市民団体の代表として活動を始めた。

 -佐世保市は水不足に備えるために石木ダムが必要だと主張している。

 人口減少に伴い、全国各地で水の需要は減る。これは国が認める厳然たる事実。佐世保市の昨年度の一日最大給水量は約7万4千トンで、20年前と比べて3割近く減っている。市民が飲み水にも困るような状況であればともかく、私たちは普段通りの生活ができている。市は事故や災害などの備えとしてダムが必要と言っているが、「もしも」のために、現地で暮らしたい人々の居住権や生活権を奪っていいはずがない。

 -石木ダムは市民生活の安心につながるのではないか。

 ダム本体の事業費は285億円だが、佐世保市は関連施設の更新を含めて(概算値で)総額445億5千万円を負担する。これには、国の補助金も含まれるが、巨額の事業であることに代わりはない。水道料金は施設整備や維持管理などの費用を基に決まるので、将来的な値上げは目に見えている。ダムに多くのお金を使うことで、老朽化した水道施設の更新などに手が回らなくなる心配もある。こうしたマイナスの側面は市民に知らされていない。

 -佐世保市は18年度決算時点で約127億円の事業費を使った。建設を中止すれば無駄にならないか。

 過去に投じた事業費は戻らない。それでも、これから確保しなければならない莫大(ばくだい)な予算を削減できる。本来はダムの予算を別の水源対策に当てるべきで、佐世保市は雨水や再生水の活用が、(先進的な)他都市と比べて遅れている。ダム以外の方法で水を確保しようとする姿勢が見えない。

 -知事や佐世保市長に何を求めるか。

 まずは工事を中断し、反対する住民が求める「ゼロベース」の話し合いに応じるべきだ。どうしてもダムが必要というならば、逃げずに対話をしてほしい。

 -行政代執行に対する懸念は。

 行政代執行は住民の生活を破壊する行為。絶対にやるべきではないが、民主国家の日本で決断できるはずがない。むしろ恐ろしいのは、県がこのままお金と時間を浪費し続けること。反対する住民が高齢化し、力尽きるのを待ち続けるかもしれない。住民に苦しみを与え続けてダムを造り、佐世保市民には重い財政負担を強いる。それが最悪のシナリオではないか。

◆11月23日
https://this.kiji.is/703472377812485217
ー山口文夫 川棚町長 状況打開 難しいー

 -用地の取得が完了した現在も、13世帯約50人の町民が住み続けている。地元町長として現在の状況をどう見ているのか。

 町では11人の死者を出した1948年をはじめ、複数回の水害を経験した。現在も川棚川下流域に住んでいる町民は多く、治水は重要な課題だ。石木ダムへの協力を長らくお願いしてきたが、13世帯の皆さんに理解してもらえず残念に思う。先祖代々受け継いだ土地を離れたくないという強い思いがあるのだろう。だが、すでに移転した8割の住民にも同じく古里への強い思いがあり、苦渋の選択をした。移転者からは「先祖が眠る墓を掘り起こす時が一番苦しかった」「私たちの決断は何だったのか。やりきれない気持ち」「提供した土地が無駄にならないようにダムの早期完成を望んでいる」という声を聞いた。どちらに対しても行政の責任がある。

 -就任当初からダム推進を訴えてきた。ダム問題についてどう取り組んできたのか。

 就任した2010年は事業認定申請後で、表立っての行動はできなかった。民主党政権下で全国のダム事業の再検証があり、さまざまな方法を議論した結果、やはり石木ダムが最も現実的だと思った。この時期に地元住民と知事の公開討論会を設けることができ、議論は6時間に及んだ。私自身さまざまなルートを使って反対住民との接触を試みたが「町は関係ない」と言われたりして糸口をつかめなかった。反対住民の弁護団が結成され、法廷闘争に移って以降、町として動くのがさらに難しくなった。

 -地元町長として状況打開に動く考えはないのか。

 非常に難しい。残念ながら説得する機会すら持てない状況だ。数年前、水没予定地の川原地区の自治会長から「町長として県に反対を訴えてほしい」と要望を受けた。今までになかった動きだったので、町政懇談会で話し合おうと打診したが断られた。現在、川原地区の住民は土地の権利を失っているが、住んでいる以上は町民であり、町として自治会活動を支援する責務がある。こうしたつながりを通して、何とか話し合う機会を捉えたいが。

 -昨年の町議選では川原地区の反対住民が最多得票で当選した。ダムを巡る町民世論をどう見ている。

 これまでもダム反対を訴える議員はいたが、町議会では過去3回ダム推進が決議された。地権者の8割が移転し、歴代町長も推進の立場だ。こうした状況を総合的に判断して、ダムの必要性を理解している町民が多数とみている。

 -県は家屋などを強制撤去する行政代執行も選択肢から除外しない構えだ。万が一、代執行となった場合に町としての対応は。

 現段階で知事は「早期に話し合いに応じてもらえるように粘り強く呼び掛ける」と述べている。その姿勢を評価しているし、私自身代執行は望まない。話し合いで何とか解決できないかと思っている。代執行は知事の判断であり、今の段階で私がコメントすべきではない。町としては町政懇談会に応じてもらい、協力してもらうようにお願いするしかない。