7月の球磨川水害で地区全域が浸水した人吉市大柿地区のその後のニュースを地元紙が発信しています。
この大柿地区は球磨川の堤防が決壊したり、球磨川上流から溢れた水が堤防に逆流したりした場所で、浸水の深さは二階の天井(国交省の推定によれば浸水深10メートル超)にまで達したということです。
しかし、町内会長の一橋國廣さんの機転で、一人も犠牲者を出さなかったことが水害当時、大きく報道されました。球磨川の川下りの船頭だった一橋さんは、人吉市が避難勧告を出す前に水位の異常な上昇に異変を察知し、住民を避難させたということです。
➡「集落水没でも犠牲者ゼロ 元船頭、未明の決断(熊本・人吉)」
8月21日付の朝日新聞によれば、大柿地区では水害の脅威を改めて実感した住民の中に、同じ場所での再建をためらう人も多かったそうです。このままでは集落がたちゆかなくなると危機感を抱いた一橋さんは、近くの山の中腹へ地区全体で集団移転する計画を立てました。ほぼ全世帯から移転に同意する署名を得て、人吉市長や県議に支援を求め、市長は「安心して暮らせるよう前向きに検討する」と応じたということです。
➡「浸水地区の住民、高台への集団移転を要望 熊本豪雨」
しかし、以下の記事にもあるように、大柿地区は集団移転を断念することになりました。
その理由を記事は、「「防災集団移転促進事業」として行政が支援するのは、移転先の造成費用やライフラインの整備費など。自宅の再建費用は全額本人負担とされた。東日本大震災を例に示された移転完了までの時間は少なくとも5年。高齢者世帯が多い地区には受け入れ難かった。」と伝えています。
国土交通省は今後の治水対策として「流域治水」を掲げていますが、国が本気で「流域治水」を実現しようとするならば、水害常襲地帯から住民が移転したくてもできない「防災集団移転促進事業」の見直しが必要ではないでしょうか。
◆2020年11月27日 熊本日日新聞
https://this.kiji.is/704869857201685601
ー集団移転,、やむなく断念 熊本豪雨浸水被害、人吉市大柿地区ー
7月の豪雨で甚大な浸水被害に遭った熊本県人吉市中神町の大柿地区は、いったん市に要望した集団移転の断念を余儀なくされた。高齢世帯が多く、移転にかかる費用や時間が障壁になった。地区に残る住民には、コミュニティー再生などの課題が待ち受けている。
氾濫した球磨川の左岸。町内会長の一橋國廣さん(76)は、2階建ての屋根近くまで水没した自宅を自力でリフォームしていた。仮設団地から毎日のように通う。「少しずつですタイ。ここしか住むとこがなかけん」と額の汗を拭った。
約50世帯の大柿地区。7月の豪雨で球磨川の濁流は堤防を数メートル越えて地区全域をのみ込んだ。一橋さんが取りまとめた住民アンケートでは、約9割の世帯が集団移転を希望。その結果を地区の意思として市に伝えた。
だが、市が示した移転案は地区の住民にとって厳しい内容だった。「防災集団移転促進事業」として行政が支援するのは、移転先の造成費用やライフラインの整備費など。自宅の再建費用は全額本人負担とされた。東日本大震災を例に示された移転完了までの時間は少なくとも5年。高齢者世帯が多い地区には受け入れ難かった。
「あと何年生きるか分からんとに、5年は待ちきらん。収入も少なく、新しい家を買う余裕はなか」と一橋さん。地区は10月中旬、集団移転を断念した。
一橋さんと一緒に市と住民の橋渡しをした山上修一さん(76)も自宅に隣接する民宿で暮らすことを決めた。「いつ起きるか分からん災害は怖か。それでも球磨川と共に生きていきたい」と複雑な胸の内を明かした。
原則2年の仮設住宅の入居期間を経た後、集落が元通りに再生されるかどうかは不透明だ。集団移転を断念したことで、コミュニティー維持という大きな目的も達成が難しくなり、「被災前の半分程度の住民が地区に戻ってくればいい方だろう」と一橋さん。
市によると、ほかに集団移転を要望した地区は今のところないという。10月には市内全域の各町内会長と懇談会も開いたが、市企画課は「まだ地域の意見をくみ上げ切れていないと感じる。今後、集団移転の要望や必要性があれば丁寧に対応したい」と話す。
兵庫県立大大学院の室崎益輝教授(防災計画学)は「防災集団移転促進事業は制度の性格上、住民のニーズに合わないこともあり、新たな制度設計も必要だ。市は住民からの細かな要望を聞き続け、どのような方法が最適か、別の制度の提案や工夫も含めて考える必要がある」と指摘した。(小山智史)