八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

「被災者の意識調査 民意が置き去りにされた」(熊日新聞の社説と関連記事)

 7月の球磨川水害以降、球磨川支流で休止されていた国の川辺川ダム計画が復活することになりました。
 水害の恐ろしさを知った住民はダム建設を求めると思われがちですが、地元紙の報道によれば事実は異なります。
 被災者の意識調査を伝える記事は、見開きで大きく報道されたとのことです。

◆2020年12月28日 熊本日日新聞
https://kumanichi.com/opinion/syasetsu/id45018
ー被災者の意識調査 民意が置き去りにされたー

 球磨川流域を中心に甚大な被害をもたらした7月豪雨を受け、蒲島郁夫知事は12年前に「白紙撤回」した川辺川ダム建設計画を一転して容認。流水型(穴あき)のダムを造るよう国に求めた。国土交通省は即、呼応。来年度予算案に調査費が盛り込まれた。

 豪雨後の治水対策協議で軸となったのはダム建設。スピード感というより、むしろ拙速な印象を拭いきれない。熊本日日新聞社が被災住民を対象に実施した意識調査の結果を見て懸念が的中した。浮き彫りになったのは最も重視すべき住民の意向、いわゆる民意が置き去りにされている実態である。

 ダム要望は4番目
 調査によると、行政に取り組んでほしい施策で最も多かったのは「生活や事業の再建」で、53・0%と過半数を占めた。元の生活に早く戻りたいとの切実な思いが伝わる。「治水対策」は2番目で25・6%。最重点で取り組むべきは、やはり生活再建である。

 球磨川治水に絞ると、望む対策は「宅地のかさ上げ・高台移転」「堤防のかさ上げ・引堤」「河道掘削」の順に回答数が多く、「ダム建設」は4番目だった。

 ダムへの期待度は高くなく、ダムありきで治水対策を主導した国交省や県との認識の違いが際立つ。治水協議に加わった流域市町村の首長は、住民の要望を直接肌で感じていたはずだ。ダムに固執する理由の説明が求められよう。

 知事は方針転換の理由に「民意の変化」を挙げた。12年前はダム不要が大半だったが、被災後、少なくとも3分の1は建設に賛成しているというものだ。今回の知事判断を「支持する」との回答は「どちらかと言えば」を合わせて41・8%。知事の想定に近い。

 民意は動いたのか
 しかし、「どちらかと言えば」を含めた「支持しない」は36・3%、「分からない・無回答」も21・9%だ。単純比較はできないが、知事が白紙撤回を決断した当時、流域住民の82・5%が支持したのとは落差がある。ずれが生じたのは、結論を急ぎすぎたためではないか。

 建設の賛否を問う住民投票を「実施すべきだ」は「いずれ」を含め59・8%と、「実施すべきでない」(14・3%)を大きく上回った。流域治水を進めていく上で、住民の合意が得られていない点は今後の不安材料だ。円滑な事業推進の妨げになりかねない。

 知事が11月19日、県議会でダム容認を正式表明した際、特に反省の弁はなかった。2008年の白紙撤回は半年間の熟慮の末、「球磨川そのものが守るべき宝」と決断したが、今回の容認は周囲があっけにとられるほど早かった。

 被害の責任どこに
 代替策とした「ダムによらない治水」が12年間にわたり全く進まなかったことの責任の所在は、一体どこにあるのだろう。

 治水に深く関与していた国交省の責任はより重い。知事の白紙撤回表明の直前、九州地方整備局長は「ダムを建設しないことを選択すれば、住民に水害を受忍していただかざるを得ないことになる」と述べた。何としてもダム建設を進めたい気持ちの表れだったのだろう。しかし建設は中止に。治水の主導的立場にありながら不作為ともとられかねない12年間の姿勢と、関連はあるのだろうか。

 治水対策協議で対立し、事業を後押しできなかった流域市町村の首長も責任は免れまい。

 次のステージにやみくもに進む前に立ち止まり、きちんと総括すべきである。流域治水をどう進めれば最も効率的なのか、展望も開けてこよう。不可欠なのが、住民の要望を丁寧にすくい取り合意形成につなげることだ。果たすべき責任はそこにある。

◆2020年12月29日 熊本日日新聞
ー2020熊本豪雨 熊日球磨川流域被災者調査 人吉市、八代市坂本町、球磨村、相良村、五木村ー 

 球磨川の冶水対策を尋ねた設問(複数回答、回答数786件)では、
宅地かさ上げや堤防堅備など被災者にとって身近な場所での冶水対策を望む声が、ダムや遊水地の整備を大きく上回る傾向が出た。

 回答で最も多かったのは、「宅地のかさ上げ・高台移転」で、241件に逮した。「埋防のかさ上げ・川幅を広げる引堤」も207件と目立った。
 県が10~11月に実施した流域の意見聴取会で住民から要望が相次いだ「河道掘削」は158件だった。

 一方、「ダム建設jは100件にとどまり、被災者のニーズは乏しかった。「遊水地の堅備jも41件と少なかった。  (野方信助)

◇調査方法 11~20日、球磨川流域2市3村の計798世帯に設問による対面調査を実施し、540世帯から回答を得た。
 人吉市、八代市坂本町、球磨村、相良村は仮股住宅と遍曜所の全世帯が対象。五木村については避難所などがないため、NTT電話帳から無作為で紬出した世帯を対面で調査した。

ー識者インタビュー 島谷幸宏九州大教授 被災者の本音「ダム求めていない」-

 熊日の意識調査から何が読み取れるのか。河川工学が専門の九州大工学研究院の島谷幸宏教授(65)に聞いた。島谷教授は「ダムは造ってほしくないというのが本音。流域治水を進め、住民が求める対策の実現を追求するべきだ」と指摘した。 (聞き手・高宗亮輔)

ー望む治水対策について、被災者は宅地かさ上げ、河道掘削を挙げました。ダム建設を求める意見は低調でした。

「もっとダム建設を求めていると思っていたので、衝撃の結果だ。住民はダムが地域の分断を招くと懸念しており、なるべくダムを造ってほしくないと思っているのだろう。水害発生後、『ダム反対』と言うのが難しくなって、その意味で民意は”動いた”が、実際に聞くと積極的には求めていないという結果だ。」

ーダムアレルギーが浮き彫りになる一方、被災者の生活再建につなげるために「できるだけ早く」治水方針を決めた蒲島郁夫知事の判断は一定の「支持」を得ました。

「犠牲者が出て、苦労している蒲島知事の判断はやむを得ないという評価だ。蒲島知事を信頼している証しだろう。しかし、内容には全然賛成していない。やはりダム方針を決めるプロセスが拙速で、民意の把握が十分でなく、多くの被災者が住民投票を求めている。住民はこのままダム建設が進むことに納得しておらず、政策が民意から離れている。」

ー「支持する」の理由のトップは、「流水型なら清流が守れる」です。

「清流が守れないなら反対するとの解釈もできる。住民の川辺川への愛着は非常に強く、生活と一蓮托生になっている。清流が失われ環境や漁業が成り立たなくなり、主な産業が農業になると地域社会は維持できない。」

ー流域治水は今後どのように進めるべきですか。

「遊水池整備など地域社会に負荷をかける対策より、(水田に水をためる)田んぼダムによる支川対策や河道掘削を進めた方がいい。その際、治水効果を数値で示すことが大事だ。その数値を比較検討すれば、ダムの規模を縮小したり、あるいはダム不要との結論に至る可能性もある。その方が民意に合致する。」