八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

迷走続けた大型公共事業、翻弄された地元農家 計画決定から39年の川辺川利水事業、完了へ 

 川辺川利水事業の完工式が今年1月21日に開かれたことが報道されています。
 農水省の川辺川利水事業は、もともとは川辺川ダムを前提とした事業でしたが、川辺川ダムの迷走により、大幅に規模を縮小して続けられてきました。

 球磨川支流の清流・川辺川に計画された国の巨大ダム計画は、2008年に一旦は休止されたものの、2020年の球磨川水害を機に復活し、新たに「流水型」(穴あき)ダムとして推進されています。川辺川ダムはもともと、清流と共に暮らしてきた流域住民が河川環境の破壊を心配して反対運動を行ってきたダム計画ですが、2008年の休止判断の重要な要因となったのは、前年、2007年の川辺川利水事業の休止です。
 川辺川利水事業に対しては、対象となる農家の人々が「国はダムの水を押しつけるため無理やり農家の同意を集めた」と提訴。裁判の過程で、農家が同意することを示した文書に死者の印鑑が使われていたことなども判明し、当時、大きく報道されました。2003年、同意取得に違法性があったとする福岡高裁判決に国は上告を断念、国の敗訴が確定し、事業は見直されることになりました
 その後、川辺川利水事業は対象農地を大幅に縮小。半世紀たっても着手しない巨大ダムを前提とした川辺川からの取水を断念し、井戸やファームポンド(貯水槽)の整備で対応することにして続けられてきました。

◆2023年1月21日 熊本日日新聞
https://kumanichi.com/articles/922711
ー計画決定から39年、国営川辺川利水事業が完工式 熊本県あさぎり町ー

 人吉球磨の農地に農業用水を送る計画で始まった国営川辺川総合土地改良事業(利水事業)の関連工事が3月で完了する。計画決定から39年。対象面積3590ヘクタールだった大型事業は旧川辺川ダムを水源とするか否かで迷走した末、198ヘクタールに大幅縮小して収束を迎えた。待ち望んだ水を喜ぶ農家がいる一方、「事業が縮小せず早く実現していれば、地域の農業はもっと発展したはず」とため息をつく関係者もいる。

 「ようやく安定した水が手当てされ、安心して営農できる」。あさぎり町須恵の農地でナシやカキを作る男性(62)は、利水事業で水が確保されたことに安堵[あんど]の表情を浮かべる。

 九州農政局川辺川農業水利事業所(人吉市)によると、対象農地は人吉球磨6市町村で造成、区画整理した34団地・計198ヘクタール。川辺川からは送水せず、地下水をくみ上げる井戸とファームポンド(貯水槽)を各14カ所に整備し、総事業費は約252億円の見込み。

 当初計画は農水省が1984年に決定。国交省が建設する川辺川ダムから幹線水路で広く送水する計画だった。後に減反など農業情勢の変化を背景に計画変更した際、「国はダムの水を押しつけるため無理やり農家の同意を集めた」と農家が提訴。2003年、同意取得に違法性があったとする福岡高裁判決が確定し、事業はつまずいた。

 国は面積を狭めて計画を作り直すため、県や市町村、農家団体との「事前協議」を重ねたが、ダムを水源とするかどうかで難航し、07年度に事業を休止。その後、ダムに依存せず川辺川から取水する案も、地元で合意に至らなかった。国は18年、農業用水を送る計画を廃止し、既に造成などを終えた農地にだけ代替水源を整備する計画に大幅縮小した。

 水を待ち続けた農家は翻弄[ほんろう]され、高齢化した。人吉市上原田地区では02年にいち早く貯水槽が整備され、モデル事業として貯めた井戸水を一部エリアに給水してきたが、地区の大半は事業縮小で対象から外れた。

 「時間がかかりすぎた。農業をやめた者もいる。早く水が来ていれば希望を持って続けられたはず」。同地区でホウレンソウなど野菜を手がける尾﨑正光さん(82)は歯がみする。自身の農地も一部を除いて対象から外れ、代わりに県営事業での送水を待つという。

 かつて6市町村でつくる事業組合(解散)の組合長を務めた内山慶治山江村長も表情は晴れない。「ダム建設反対の動きも絡み、事業が進まなかったことは残念。川辺川から送水できていれば、一帯の農業は大きく変わっていただろう」

 事業休止でいったん閉じた川辺川農業水利事業所は15年に再開され、事業完了へ作業を進めてきた。「整備した給水設備が地域の農業振興に寄与すると期待している」と担当者。同事業所は3月末で撤退する。(中村勝洋)

◆2022年1月22日 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20230122/ddl/k43/040/230000c
ー利水に揺れた40年の歴史に幕 川辺川総合土地改良事業が完工式 あさぎりー

 熊本県南部の人吉球磨地方に農業用水を供給する「国営川辺川総合土地改良事業」の完工式が21日、同県あさぎり町であった。1983年に事業に着手したが、反対派農家が起こした訴訟で2003年に国が敗訴。建設予定だった川辺川ダムからの取水を断念し、井戸など代替水源施設の整備を続けてきた。農業利水の在り方を巡って揺れた事業は40年の歴史に幕を閉じた。

 完工式は、あさぎり町商工コミュニティセンターであり、蒲島郁夫知事や地元国会議員、市町村関係者ら約100人が出席した。宮崎敏行・九州農政局長は式辞で「整備された農地と施設が適切に利用され、豊かな農村社会が形成されるよう祈ります」と述べた。

 事業は当初、川辺川ダム建設を前提に、同県人吉市など球磨川流域6市町村の農地3590ヘクタールに川辺川から水を引く計画だった。ところが農家の同意を巡る不正な水増しなどが訴訟で明らかになり、国は03年に福岡高裁で敗訴。計画は白紙となった。

 その後の新たな利水計画も農家負担を巡って一部自治体の同意が得られず、国はダムからの取水を断念。18年にはかんがい事業の廃止と農地造成、区画整理の縮小を決定し、代替水源が必要な農地137ヘクタールへの水源施設整備を続けていた。【西貴晴】

国のやり方に反発 農家ら「ダム不要」原告団長・茂吉さん
 40年に及ぶ事業の中で節目となったのが、国の計画に地元農家864人がノーを突きつけた川辺川利水訴訟だった。原告農家の主張を認めた2003年の福岡高裁判決をきっかけに、計画はいったん白紙へ。原告団長の茂吉(もよし)隆典さん(78)=熊本県相良村=に聞いた。

 「水は必要だ。でもダムの水はいらない」というのが私たちの訴えだった。さらに農家をだまして、亡くなった人の計画同意の印鑑まで集める国のやり方に反発したのが出発点だった。水源井戸の確保など水が必要な農家に国が最後まで対応した点は評価したい。ただ、事業に伴う高額な農家負担や後継者難などを考えれば、当初の事業実施は難しかったと思う。

◆2023年1月22日 読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20230122-OYTNT50007/
ー川辺川利水完了 地元複雑…完工式 着手から40年、大幅縮小「当初計画の10分の1満たず」ー

 熊本県南部の6市町村に農業用水を供給する国の川辺川利水事業が今年度末で完了する。水源となるはずだった川辺川ダムの建設が中断し、利水事業はダム計画と切り離されて大幅に縮小された。事業開始から約40年がたち、総事業費は250億円を超える見通し。地元では21日、完工式があり、出席者は複雑な思いを巡らせた。(内村大作)

 「(規模は)当初計画の10分の1に満たない。うれしさは3割で、7割は残念な思い」。同県あさぎり町で開かれた式で謝辞を述べた森本完一・錦町長は終了後の取材に、そう悔しさをにじませた。

 利水事業は、農林水産省が1983年に着手した。人吉市、錦町、あさぎり町、多良木町、相良村、山江村が対象。当初の計画では、川辺川ダムを水源として農業用の水路網を整備する用排水事業や農地造成などで3590ヘクタールに水を送る予定だった。

 しかし、対象面積を縮小する計画変更の有効性を巡り、一部農家が起こした訴訟で、2003年に国側が敗訴し、事業は事実上の休止に追い込まれた。その後、農水省はダムを活用した利水事業から離脱。ダム以外の水源を模索したが地元の合意が得られず、18年に計画を大幅に縮小した。新たな計画では対象面積が198ヘクタールに絞られた。対象農家も約4000人から約330人まで減少。完成した農地に水を供給するのはダムではなく、掘削した14か所の井戸となった。総事業費は252億円という。

 あさぎり町で梨を栽培する五嶋政一さん(74)は暫定の井戸では水量が足りず、農家同士で水を譲り合ってきた。この日、受益農家でつくる土地改良区の副理事長として式に出席した後、「梨をつくるための必要な水量はようやく確保できた。けじめはついたが、ダムの水が来ると聞いてから何十年もかかった」と複雑な心境を語った。

◆2022年1月22日 テレビ熊本
https://news.yahoo.co.jp/articles/d958cc8a9bb26a8243a92f824387a133f717dbda
ー着手から40年 川辺川利水事業 完工式【熊本】ー

 人吉球磨地域の農地に農業用水を供給する国営川辺川総合土地改良事業の完工式が球磨郡あさぎり町でありました。

 21日の完工式には、蒲島知事など関係者約100人が出席しました。

 この事業は、1983年に旧川辺川ダムを水源とする農業用水の供給と農地の造成などを行う事業としてスタートしましたがその後、農家などが起こした訴訟で2003年に国が敗訴。

 旧川辺川ダム建設も中止となったことから地下水などを代替水源とする計画に変更され整備が進められてきました。

 総事業費は、およそ252億円で34の営農団地と水源井戸などが整備されました。

 一方、当初の計画では、水が供給される農地は6市町村あわせて3590ヘクタールでしたが計画の変更に伴い198ヘクタールに縮小されています。