国土交通省九州地方整備局が筑後川水系で進める城原川ダム事業。当初計画が公表されたのは1950年代ということですが、事業開始は79年。この間、社会状況の変化により水道用水の供給という利水目的が失われ、「洪水調節」のみを目的とした「流水型ダム」へとダム計画は変更されたものの、いまだに本体工事は着工されておらず、完成時期も未定とのことです。
城原川ダム事業の長期化について、水没住民の反対運動や政権交代が槍玉に上がることが多いのですが、水没住民はすでに2020年にはダム事業を受け入れています。政権交代は2009年から2012年にかけての3年間の民主党政権を指していますが、これも長いダム計画の歴史からすればわずかな期間です。城原川ダム事業長期化の真の原因は、ダム計画の杜撰さとこのダムの不要性にあると言わざるを得ません。ダム事業によって犠牲になる住民へ補償する法律はあるものの、長期化したダム事業が中止になった場合の法整備がないことも、ダム見直しが進まない要因となっています。
地方メディアが城原川ダム事業の長期化によって翻弄される住民の様子を取り上げており、Yahoo!ニュースで紹介されています。
◆2026年9月3日 九州朝日放送
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ー佐賀のダム建設 計画から半世紀 翻弄された住民「寝ても覚めてもダムが…」ー
佐賀県神埼市に、計画発表から半世紀以上が経過するダム建設計画がある。城原(じょうばる)川ダム。この間、地元は賛成と反対に分かれ、計画の「凍結」「再開」に翻弄されてきた。ダムに沈む予定の集落では、人々に愛されたうどん店が姿を消し、住民は故郷を離れる決断を迫られている。
■凍結、復活、再凍結と二転三転
ダムが建設されようとしているのは、街の中心を流れる城原川。水害から街を守るため、山間部の二つの集落が水没予定地に指定され、約100人が故郷を離れる。
予備調査が始まったのは1971年で、地域は賛成派と反対派に割れ、隣同士でも口をきかない状態が続いた。
計画は国の事業見直しによる凍結、予算復活、政権交代による再凍結と、二転三転してきた。約30年にわたり地元住民の代表を務めてきた城原川ダム建設対策協議会の眞島修会長(89)は「寝ても覚めても“ダム”が頭から離れないような生活をずっとしてきた」と苦悩を語る。
ダム建設を推進する立場として反対派の説得や国との交渉を続けてきた。「この何十年というのは、思い出せば涙が出るだけ。50年間というのは本当長かったですね」と目に涙を浮かべた。
■絶景自慢のうどん店も解体
ダム事業の継続が決定して10年。大切な場所を手放す決断をした人がいる。
生まれ育った岩屋地区で40年うどん店を営んできた内村光秀さん(75)。もっちりとした自家製麺に山で育てた大きな椎茸がのった唯一無二の味を提供してきた。渓谷を一望できるロケーションも名物だった。
県内外から客足が絶えなかった店はいま、解体作業が進む。
「この姿見たら寂しか。人生の半分以上はうどん屋に費やした。もう我々の時代は終わった。せめて10年前に(ダムが)できてほしかった」
長かった半世紀。
一方で新たな夢もできた。
「あそこらへんに橋ができる。あそこにできたらぽつんと一軒のうどん屋をやりたい。それまで元気にしとかんといかん」
■「元気の元かも」移転先で守り続ける“ふるさとの味”
故郷を離れた人たちは、移転先で新たな生活を始めている。
岩屋集落の集団移転先となった神埼町志波屋地区では週に一度、「さしみコンニャク」が販売されている。作っているのは堤京子さん(73)。これまで故郷の味を絶やすまいと直売所で販売を続けてきた。
昔ながらの製法で作るさしみコンニャクは、とろんとした食感が特徴。購入客はほとんどがリピーターで、開店から2時間ほどで80個がほぼ売り切れる。
移転して3カ月。こんにゃく作りをやめることも考えたが、仲間からの説得で続けることにした。
「皆さんに声をかけてもらえるし、(こんにゃく作りは)元気の元かもしれない。もうちょっとしばらく続けんといかんかな」と笑顔で語る。
■完成時期は未定「今からがまだ大変」
神埼市では7月、ダム建設促進期成会の総会が開かれた。国交省佐賀河川事務所は現在、ダム本体や付け替え道路の調査設計を行っていることなどを説明した。具体的な完成時期は決まっていない。
眞島会長によると、今も地区に残る墓地の補償について住民との話し合いが続いており、これから国との交渉が始まるという。
半世紀以上にわたる問題と向き合い続けてきた眞島さんは「(地元住民と)一緒になって話し合いながら、善処していかないといけない。今からまだ終わるまで大変ですよ」と続く道のりの長さを語った。
◆2026年9月7日 佐賀新聞
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ー城原川ダム事業の水没予定地区の住民、移転先の区長らと顔合わせ 「交流を深めていきたい」ー
神埼市の城原川ダム事業の水没予定地区となる政所地区の住民が6日、移転先となる平ケ里地区の区長ら役員4人と顔合わせした。9月から一部で引っ越しが本格化するのを前に、住民同士の交流の機会を設けた。移転は来年3月ごろに完了する見込み。
平ケ里地区には政所地区から11世帯、岩屋地区からは4世帯が移転を予定している。会合で平ケ里地区の吉岡重信区長(70)は「ダム設置計画から数十年の年月を経て移転が決まり、さぞかしほっとしていることでしょう。第二のふるさととして平ケ里の地を選んでもらい、隣人として交流できることを喜んでいる」と歓迎した。
政所地区を代表して城原川ダム建設対策協議会の實松英治副会長(84)が「なかなか移転先が見つからない中、平ケ里の皆さんのご協力で素晴らしい地域への移転が決まった」と感謝した。
会合には移転者14人が参加し、地区の年間行事やごみ捨てのルール、地区費などについて説明を受けた。移転者からは水路の雑草の手入れや水害対策などについて質問があった。政所地区の広滝重文区長(69)は「周囲に知人がいない地区で、特に若い世代がなじめるか不安は残る。これからもっと交流を深めていきたい」と話した。
城原川ダムは、国が2030年度の完成を目指して事業を進めている。(上田遊知)