わが国の河川行政に疑問を投げかける大きなきっかけとなった長良川河口堰。反対の世論が盛り上がる中で建設が強行され、本格運用から20年たつ今、河口堰の不要性は明らかになり、開門を求める声が高まっています。
 節目の年に、長良川河口堰の問題を改めて問い直す記事が各紙に掲載されており、中には八ッ場ダムを含む河川行政、大型公共事業のあり方にまで視野を広げる記事もあります。

◆2015年7月4日 日本経済新聞
 http://www.nikkei.com/article/DGXLASFD29H3G_T00C15A7CN8000/
ー長良川河口堰20年、止まらぬ論争 水利用低迷やアユ漁獲減少 ー

 三重県桑名市の長良川河口堰(ぜき)が運用を始めて6日で20年の節目を迎える。4、5日に市民団体が今までを振り返るイベントを開くほか、開門調査を求めてきた愛知県も28日に有識者による検証委員会を実施する。推進派と反対派の対立はその後の公共事業のあり方を見直す契機にもなったが、事業そのものの是非は結論が見えない。

 「日本には大型公共事業を後で検証するシステムがない。我々は今後も粘り強く検証していく」。愛知県の大村秀章知事は有識者委を1年ぶりに開く意義をそう語る。

 愛知県は1月、開門調査に向けて国に質問状を提出した。これに対し国は今年5月、400ページにのぼる回答を寄せた。7月末の検証会合では有識者が回答を検討し、今後の対応を話し合う。

 河口堰の総工費は1500億円。国と愛知県や名古屋市、三重県、岐阜県が負担した。さらに毎年、維持費が約10億円かかる。そのコストに見合う事業なのか、今なお大きな争点になっている。

 河口堰の目的の一つは利水だ。河口堰で毎秒最大22.5立方メートルの水資源が生まれた。しかし使われているのは同3.6立方メートルと16%にすぎない。

 国が河口堰の構想を作ったのは1960年代の高度経済成長期。愛知や三重は日本を支える重工業地帯として発展し、水需要も大きく拡大するはずだった。その後、産業構造の変化や各企業の節水の取り組みで、もくろみは大きくはずれた。

 一方で「夏の水不足を緩和させる効果は高い」との声も自治体の間では根強い。2005年の渇水時には長良川の水を愛知に供給し、悪影響の緩和に一役買った。

 環境に与える影響でも意見が分かれる。

 「魚道を流れる5センチほどの小さな魚がアユです」。河口堰を管理する水資源機構は5月下旬、報道陣向けに魚道の見学会を開いた。「今年のアユの遡上は多い。河口堰のアユへの影響はほぼない」と機構は胸を張る。

 ただ、この20年をみると、河口堰の運用前の93年に激減し、その後回復がみられない。機構は「全国的にアユの漁獲は減った。長良川に限ったものではない」と説明するが、長良川市民学習会の武藤仁事務局長は「悪影響は明白だ」と反論する。

 事実、岐阜市は今年天然アユを「準絶滅危惧」に選定した。「放流などの手助けがなければアユは絶滅の可能性すらある」(武藤氏)。双方の主張はかみ合っていない。

 20年前、旧建設省の官僚として現場で河口堰にかかわった宮本博司氏(62)は言う。「事業の推進側は20年前に言っていたことがどこまで正しかったか検証し、逆に反対派は河口堰が生んだメリットを語らなければ、次の世代に何の教訓も残せない」。お互いの主張を繰り返すだけでは風化が進むだけだと危惧する。

 河口堰問題をきっかけに、国は1997年に河川法を改正し、環境保全や住民参加の仕組みを取り入れた。公共事業への国民の目は厳しさを増し、政府の投資額は20年で半分近くに減った。国の財政が厳しい中でどう有用な社会インフラを整備するか。長良川河口堰は今も大きな問いを投げかけている。

◆2015年7月4日 朝日新聞
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11840486.html
ー(インタビュー)変わらぬダムに物申す ダム懐疑派になった元長良川河口堰建設所長・宮本博司さんー

 計画浮上から63年の八ツ場ダム(群馬県)が本体着工し、巨大防潮堤やスーパー堤防の建設も進む。そんな現状に、長良川河口堰(かこうぜき)(三重県)が20年前の7月6日に全国的な批判を浴びながら本格運用を始めた際、直前まで現場トップだった元国土交通省課長の宮本博司さんは異を唱える。これまで通りではいけない、と。

 ――長良川河口堰のスポークスマンだった人が国交省を辞め、今は八ツ場ダム批判派の集会に出て発言する。国交省では裏切り者扱いで、かつてを知る私にも戸惑いがあります。
 「一昨年、三重県の川上ダムを検証する地元自治体の委員会で委員長を務めましたが、その時も推進派の地元委員から面と向かって非難されました。『(近畿地方整備局河川部長だった)現職の時は事業を進めると言っていたじゃないか』と。私はただ、地域にとって最善の方法を探りたいと話してきただけですが……」

 ――ダム反対、ではない?
 「洪水対策のダムは、計画の場所に想定内の雨が降れば役に立ちます。ただし、違う場所に想定以上降ったらどうか。そして建設に数十年の時間と数千億円のお金がかかる。住民を移転させ、自然への影響も大きい。効果と副作用をわかったうえで合意できるなら進めようと言っているんです」

 ――国交省にいた時からダムに懐疑的だったんですか。
 「若い時からダム担当で、公共事業全盛のバブル時代は1年で50の新規ダム建設を旧大蔵省に予算要求したこともあります。ただ、一つひとつの事業に思い入れはなく、地元からくる書類を整えただけでした。それではだめなんだ。そう気づいたのは、1990年から3年間、苫田ダム(岡山県)の工事事務所長だった時です」

 「構想から30年余りたつのに反対が強く、『とまったダム』と言われていました。水没する500戸中、移転を拒む70戸は先が見えず耐えているだけ。同意した430戸も進んで故郷を出るわけではない。赴任早々、玄関に卵をぶつけられたこともあります。住み慣れた家を出る切なさは計りしれない。あの時はもう立派なダムを早く完成させるしかないと思いましたが、ダムはこんな地獄のような苦しみを住民に味わわせるんだと、現場で思い知りました」

 ――では、ダムを造る代わりにどうすればいいのでしょう。
 「まず堤防の強化です。日本の河川堤防は土と砂でできていて、強くはない。なのに利根川や淀川の堤防は10メートルもの高さがある。大洪水で目いっぱいまで水位が上がった後に壊れたら、都市は壊滅的な打撃を受けます。雨水が川に流れず、内水があふれるゲリラ豪雨の比ではありません」

 ――ただ、国交省も堤防を強化しようと、スーパー堤防を首都圏や近畿圏で建設中です。
 「これは堤防の幅を高さの30倍に広げ、その上に家を建てるというものです。安全にはなっても費用は膨大。完成まで400年かかると批判されました。それより今の堤防を補強して洪水が乗り越えても壊れにくくなるようにしたら、少ない費用ですぐ役に立ちます。堤防の中にコンクリートのシートを入れて上から土をかぶせるなど、様々な工夫があります。国交省には実績もあるんです」
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 ――河口堰が95年に完成した時、旧水資源開発公団に出向して現場トップの建設所長でした。
 「地域と関係ない作家や俳優、与党の国会議員まで反対し、連日報道される事業なんて初めて。当時の建設省河川局(現在の国交省水管理・国土保全局)は局長以下、課を超えて議論しましたよ。新しい方針が次々と出ました。批判派も入れて調査委員会を作れ、情報は全部出せ、隠すな、と」

 「運用開始の直前まで賛否両派の公開の円卓会議を続けました。しかしどれだけ頑張っても天下り先を作るためだろ、業者をもうけさせるためだろと言われ、空しかった。河口堰は完成させる。でも二度とこんな騒ぎはごめんだ。それが河川局の共通認識でした」

 ――その後、ダム政策が大幅に見直されるようになります。
 「外部の委員を入れたダム審議会が主な事業ごとに作られ、省内の総点検でも次々にダムが中止、休止になりました。上司が『あの事業を止めろ』と言ってきたくらい。もちろん、ずっとダムを造ってきたごりごりの人もいるし、いままで進めてきたすべての事業をいきなりやめられるものではない。でも少なくとも本流に造るのはもうやめよう、そんな議論までしました。そのうえで97年に河川法が改正されます」

 ――環境配慮や市民参加の河川計画作りをうたった大型改正ですね。その後、関西に赴任し、淀川水系の河川整備計画に市民らの意見を反映させる流域委員会を2001年に立ち上げました。
 「お手盛りの委員会では意味がないので委員の選任から学者や弁護士らに頼み、事務局も民間に置きました。情報公開は当然で、役所は資料を出して説明するだけ。提言の原案も委員が書くことにしました。当時の次官も了解し、『面白いじゃないか』と河川局で評判でした。国交省の各地の出先から見学にきたほどです」
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 ――この流域委員会は、ダムは原則建設しないという提言を03年に出したことで有名です。当時、淀川水系には計画・建設中のダムが五つありました。
 「その『原則ダムなし提言』で流れが変わるんです。実は一つひとつ川の状況を確認しながら議論していけば自然にそういう結論が出る可能性もあったのに、委員が先回りして原則を宣言してしまった。やり方が学者だなあと思いましたが、そこでブレーキをかければ前と同じ。腹をくくった」

 「提言はよく読めば、ただし書きに『ほかに方法がなければダムを建設できる』と書いてあるのに、『国交省が作った委員会がダム否定』とセンセーショナルに報道されてしまった。与党推薦の学者が安保法制を憲法違反と言うようなもので、驚いた本省が撤回させろと言ってきました。いまから思えば、もともと本省は『宮本なら最後はダム推進でまとめるだろう』と期待していたんでしょう」

 ――国交省はその後、05年に2ダムだけ凍結します。06年に退職した宮本さんは翌年、淀川水系流域委員会の委員長になりました。
 「京都の実家に戻ったら委員会が市民委員を公募していて、応募して選ばれ、互選で委員長になりました。前と違って役所が原案を作ったり、途中で委員会を休止したりするようになっていましたが、国交省が凍結を撤回した大戸川ダムを含め、ダム計画を不適切とする意見をまとめました。巻き返しが強く、正式中止は、5ダムのうち余野川ダムだけですがね」
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 ――日本の治水対策は何が問題なのでしょうか。
 「洪水は堤防の中に閉じ込め、川を直線にして早く海に流せ。これが明治以来の治水の考えです。目標とする洪水の規模を定め、川の中で何トン、上流のダムで何トンと分担させる。一見合理的ですが、実際の堤防は土と砂で、計算通りに対応できるかわからない。それに利根川や淀川は200年に1回の大洪水、球磨川は80年に1回の洪水規模を想定していますが、目標の決め方に根拠はない。なぜうちの川はこうなんだ、と質問されても説明できません」

 ――欧州では、川をあえて蛇行させ、氾濫原(はんらんげん)を復活させる治水対策に取り組んでいます。
 「国交省も世界の流れはわかっている。利根川が200年に1回の洪水に耐えられるようにするには、八ツ場ダムの後もいくつもダムを造らなきゃいかん。でもできっこない。そんな全体計画もない。ただ目の前の事業だけはやらせてくれ、それだけです」

 ――東日本大震災後は国土強靱(きょうじん)化が唱えられ、ダムなどの大型公共事業を見直す議論にはなっていないように見えます。
 「そこが不思議です。巨大な津波でコンクリート構造物に頼る危険性を思い知り、200年に1回どころかもっと上の想定外がありうることを知ったのに、なぜ従来通りの事業が進むのか。政治家も見直しを言わなくなりました」

 「治水対策は、役所任せでなく、計画段階から住民を交えて事業のいい面、悪い面を徹底的に議論し、地元住民の合意を得て進めなければなりません。そうでなければ、住民の命を守るという本来の目的が果たせない。役所の人間も本当はわかっているんですよ。これまで通りでは命を守れない、ということを」
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 みやもとひろし 52年生まれ。78年に旧建設省入省。近畿地方整備局河川部長や本省防災課長などを務め、06年に退職。現在は家業の包装資材販売会社社長。

 ■取材を終えて
 20年ぶりに一緒に歩いた河口堰の階段はさび付き、展示施設は天井の覆いがはがれていた。「あんなに膨大なエネルギーをつかって議論した現場がこれか」。宮本さんは怒っていた。いわゆる環境派としてダムや堰に反対するのではなく、合意なき公共事業の破綻(はたん)を憂えている。国土強靱化に邁進(まいしん)するこの国の政治は、宮本さんが示そうとした第三の道を見失っていないか。(編集委員・伊藤智章)

◆2015年7月6日 中日新聞一面
http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2015070602000070.html
ー河口堰維持に239億円 「長良川」20年ー

 六日で本格運用開始から丸二十年となる長良川河口堰(ぜき)(三重県桑名市)の維持管理費が、来年三月末までに総額二百三十九億円に及ぶ見通しとなることが中日新聞社の調べで分かった。河口堰は約千五百億円で建設されたが、一九九五年の運用開始後も多額の税金が投じられている。造られると、莫大(ばくだい)な費用を必要とし続ける巨大公共事業の実態が浮き彫りになった。

 維持管理費二百三十九億円のうち、国を除く愛知、三重、岐阜の三県と名古屋市が全体の77%にあたる百八十三億円を負担。愛知、三重県と名古屋市は過去二十年間、河口堰で利用できるようになった工業用水や水道水をほとんど使っていないにもかかわらず、百七十四億円を払い、一部は水道料金に転嫁されている。

 堰を管理する水資源機構中部支社(名古屋市)によると維持管理費は定員二十二人の管理所職員の人件費や設備更新費など。年によって変動はあるが、年間八億~十六億円程度かかる。

 河口堰には治水と利水の目的があり、国と東海三県、名古屋市が負担を分け合う。治水分は二〇一〇年度まで国55%、愛知、岐阜、三重県が15%ずつで、一一年度以降は国が全額負担。利水分は愛知、三重県と名古屋市が分担している。

 だが、堰建設で新たに使えるようになった最大毎秒二二・五〇立方メートルの水のうち、実際の利用は、愛知県知多半島地域の水道に毎秒二・八六立方メートルと三重県中勢地域の水道に毎秒〇・七三立方メートルの毎秒計三・五九立方メートルで、全体の16%にとどまる。計画時の過大な需要予測が原因で大幅な水余りになっている。

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 残る84%の水を使うには導水路の整備が欠かせず、新たな税金投入が必要。二県一市によると、いずれも事業化のめどは立っておらず、将来使うかどうか現時点では不明だ。

 水資源機構などによると、一滴も使われていない水に対する負担の内訳は、愛知県の工業用水が四十五億円、三重県の工業用水が四十三億円、名古屋市の水道水が十三億円。工業用水分は一般会計からの貸し付けなどで賄うが、水が売れないため返済される見込みはない。水道水は水道料金に反映されている。

 使っていない水の分まで維持費を負担していることについて、愛知県は「現段階で需要はないが、将来的に使える貴重な水源」との立場。三重県の担当者も「需要が発生すれば事業化していく」と話している。

 水資源機構中部支社の担当者は「今後、利用者の必要に応じて水は使われると考えている」としている。

◆不要な公共事業典型

 <法政大の五十嵐敬喜名誉教授(公共事業論)の話>水需要の増加予測は建設当時に一部で盛り上がった中部地方への首都機能移転構想に伴うもので、根拠がない。誰も責任を取らないまま、市民がつけを払わされ続けている。不要な公共事業の典型だ。

 <長良川河口堰>洪水対策で河床を掘り下げる浚渫(しゅんせつ)に伴う海からの塩水の遡上(そじょう)を防ぐ「治水」と、水需要を満たすための「利水」の両機能を併せ持つ全長661メートルの多目的可動堰。伊勢湾の河口から上流5・4キロにある。国は1968年に基本計画を定めたが、反対運動などで着工は88年にずれ込み、95年に完成した。