2012年10月16日
四年半ぶりに開かれることになった利根川の有識者会議は、八ッ場ダム本体着工に係る河川整備計画策定をめぐって大きく揺れています。
拙速な利根川の河川整備計画策定に異議を唱えてきた利根川流域市民委員会では、これまで二回の有識者会議開催(9/25,10/4)に当たり、要請書を提出してきましたが、明日三回目の会議を前に、今回も要請書を提出しました。
八ッ場あしたの会も利根川流域市民委員会に参加しています。利根川流域から多くの反対意見があるにもかかわらず、反対意見を無視して強引に八ッ場ダム事業を含む利根川の河川整備計画を策定しようとしている国交省関東地方整備局に強く抗議します。
以下に要請書を転載します。
2012年10月16日
利根川・江戸川有識者会議委員 各位
利根川流域市民委員会
共同代表 佐野郷美(利根川江戸川流域ネットワーク)
嶋津暉之(水源開発問題全国連絡会)
浜田篤信(霞ヶ浦導水事業を考える県民会議)
利根川水系河川整備計画の策定に関する要請(5)
(事務局の主導を排して有識者会議の主体性のある審議を!)
9月25日、10月4日の有識者会議を傍聴した市民が目の当りにしたものは、有識者会議の審議が事務局(国土交通省関東地方整備局)の主導で行われ、有識者会議の主体性が大いに損なわれていることでした。審議会の類いは数多くありますが、今回の有識者会議のように、事務局が委員を蔑ろにして、委員の意見は聞きおくだけでよいと露骨な姿勢を見せるのは、今までほとんど例がないのではないでしょうか。そして、実りある審議が疎かにされていることにより、策定が予定されている河川整備計画の内容は事務局の思惑だけのものになり、現在及び未来の利根川流域住民の安全を本当に守る計画とは程遠いものになろうとしています。
利根川・江戸川有識者会議の委員の皆様におかれましては、事務局の主導を排し、自らの主体性をもって、審議を進めることを強く期待いたします。
つきましては、次に示す課題に取り組んでくださるよう、要請いたします。
1 有識者会議の主体性ある運営を!
(1)公然と越権行為をする泊宏河川部長
10月4日の有識者会議で傍聴者の発言を認めるか否かの採決が行われようとしたとき、事務局の総責任者である泊宏河川部長は「そのようなことは、事務局が決める」という趣旨の発言を行い、採決を中止させようとしました。しかし、そのような事務局主導の根拠が有識者会議の規約のどこに書かれているのでしょうか。
規約第9条(雑則)には次のように記されています。
「この規約に定めるもののほか、会議の運営に関し必要な事項については、委員総数の2分の1以上の同意を得て行うものとする。」
傍聴者の発言を認めるか否かという、会議の運営に関する事項は、有識者会議の委員が所定の手順を踏んで決めることになっており、泊河川部長の上記の発言は明らかに規約を無視した越権行為です。
有識者会議として、泊河川部長に対して越権的発言を行ったことに強く抗議し、二度と繰り返さぬよう、警告することを要請します。
(2)事務局の役割は会議運営の庶務にとどまる。
有識者会議における事務局の役割は規約7条の2で、「事務局は、会議運営に係る庶務を処理する。」と書かれているように、あくまで会議運営に係る庶務です。有識者会議の指示に基づいて、会議運営が円滑に行われるように庶務を担うのが事務局であり、会議の運営を主導することは明らかに越権行為です。有識者会議として事務局の専横を許すべきではありません。
泊宏河川部長は、9月上旬までは国土交通省水管理・国土保全局の河川計画調整室長の職にあって、ダム検証のために設置された「今後の治水のあり方を考える有識者会議」の事務局の総責任者でありました。この有識者会議の一般公開を求める要請文が全国の多くの市民から何度も提出されてきていますが、それに対して泊氏らは公開の可否は有識者会議が決めることであり、国交省に主導権はないと、会議の公開を拒絶してきました。ところが、泊氏は利根川・江戸川有識者会議では全く逆に、運営の主導権は有識者会議にはないという趣旨の発言を繰り返しています。国交省にとって都合がよいように、その場その場で発言内容を変える泊氏に対して強く抗議します。
(3)有識者会議の運営の主導権は有機者会議の委員にある。
(1)と(2)で述べたように、有識者会議の運営の主導権は、有識者会議委員にあります。本有識者会議の委員におかれましては、そのことを改めて認識され、有識者会議の運営に主体的に関わられることを要請します。
2 有識者会議は意見を聞きおく場ではなく、議論を行い、一定の方向性を示す場である。
(1)有識者会議は事務局が委員の意見を聞きおく場ではない。
10月4日の有識者会議で、泊宏河川部長は「有識者会議は委員の意見を聞く場」に過ぎないという趣旨の発言をし、それに呼応して、宮村忠座長は、「有識者会議は事務局が委員の意見を聞く場である。個別に委員の意見を聞いてもよいくらいだ。」という趣旨の発言をしました。
何という発言でしょうか。泊部長および宮村座長の発言は、有識者会議の役割と責任を真っ向から否定するものです。議論することの必要性をも否定する宮村座長は座長を務める資格がないと言わざるを得ません。
有識者会議や審議会というものは、各委員が意見を述べ、議論を行って認識を深め、そのうえで一定の方向性を示すものであることは一般に認識されていることです。それは社会常識とも言ってよいことです。
利根川・江戸川有識者会議のみがこの社会常識から離れ、意見を聞きおく場とすることが罷り通ってよいはずがありません。
本有識者会議の委員におかれましては、上記の泊部長及び宮村座長の発言に強く抗議し、発言の撤回を求めることを要請します。
(2)有識者会議は議論を行い、一定の方向性を示す場である。
河川整備計画の最終的な決定権が河川管理者、利根川の場合は関東地方整備局にあることはいうまでもありません。しかし、その策定の過程で、学識経験者及び流域住民の意見を聴かなければならないことが河川法で定められ、さらに、1997年の河川法改正の国会審議において、意見を聞きっぱなしにするのではなく、極力反映しなければならないことは、当時の河川局長の答弁で言明されていることです。有識者会議の意見を聞くだけでよいとする泊河川部長は、河川法の本旨及び国会答弁を蔑ろにするものです。
本有識者会議の委員におかれましては、有識者会議が、各委員が意見を述べ、議論を行って認識を深め、そのうえで一定の方向性を示すものとして設置されたものであることを改めて認識され、委員同士で活発な議論を行い、一定の方向性を示されることを要請します。
3 関東地方整備局の目標流量は現実性のない机上の数字
(1)現在の財政規模で考えるという泊宏河川部長の発言は現実を無視している。
10月4日の有識者会議において、関東地方整備局が示す利根川本川の治水安全度1/70~1/80、洪水目標流量17,000?/秒(八斗島地点)がどのような前提で求められたものかという質問に対して、泊宏河川部長は現在の財政規模を前提として考えたものであると、答えました。
しかし、現在の財政規模による社会資本投資が今後も続く保証は何もなく、今後は新規の社会資本投資が次第に先細りになっていかざるを得ないことは今や広く認識されています。平成21年度の国土交通白書に次のように記されています。(第2章第1節1(2))
「これまで我が国で蓄積されてきた社会資本ストックは、高度経済成長期に集中的に整備されており、今後老朽化は急速に進む。50年以上経過する社会資本の割合は、現在(2009年)と20年後を比較すると、例えば、道路橋(約8%→約51%)、水門等河川管理施設(約11%→約51%)、下水道管きょ(約3%→約22%)、港湾岸壁(約5%→約48%)などと急増し、今後、維持管理費・更新費が増大することが見込まれる。」
この白書は、国土交通省所管の社会資本を対象に、過去の投資実績等を基に今後の維持管理・更新費がどのように推移していくかの試算の結果を右図のとおり、示しています。(注:このページではスペースの関係で以下に掲載)
今後の毎年の社会資本投資の総額が2010年度以降増額できず、同年度のままであるとすると、維持管理・更新費が投資総額に占める割合は2010年度時点で約50%であるが、次第に上昇し、2037年度時点で投資可能総額を上回り、新規の社会資本投資ができなくなる事態になるとしています。
現在及び今後の厳しい財政事情を踏まえれば、国土交通白書の試算よりもっと早く新規の社会資本投資が困難になる時期が来る可能性が十分にあります。
このように、日本の社会資本が置かれている現状を踏まえれば、社会資本ストックの更新と維持管理のため、新規の社会資本投資が次第に先細りにならざるを得ないことは確かな事実です。そのことを何も踏まえずに、現在の財政規模による社会資本投資が今後も続くという前提で考えられた、関東地方整備局提示の治水安全度及び洪水目標流量は現実性のない机上の数字でしかありません。
(2)治水安全度を先に決めることは河川整備計画策定の手順として基本的に誤っている。
そもそも、治水安全度及び洪水目標流量を先に決めてしまうことは河川整備計画策定の手順として基本的に誤っています。
治水安全度1/70~1/80を達成するためにはどの程度の規模のどのような河川施設が必要か、その建設にどの程度の費用と時間がかかり、さらに環境への影響がどうなのかを同時に示さなければ、その治水安全度の是非について判断することができません。
関東地方整備局がそれらを一切示さずに治水安全度及び洪水目標流量を先に決めようとするのは、同局の思惑があるからに他なりません。昨年行われた八ッ場ダム事業の検証で、治水安全度1/70~1/80及び洪水目標流量17,000?/秒を前提として、八ッ場ダム事業を位置づけ、同ダム事業の継続を妥当としました。〔補遺〕
治水安全度1/70~1/80及び洪水目標流量17,000?/秒が八ッ場ダム事業の正当化に直結するようになっているのが、同局の考える河川整備計画案であり、だからこそ、治水安全度を先に決めようとしているのです。
有識者会議の委員におかれましては、このような関東地方整備局の思惑とは離れて、治水安全度を先に決めるのではなく、何段階かの治水安全度を想定し、それぞれの治水安全度の達成に必要な河川施設の種類と規模、その整備に必要な費用、その社会資本投資を今後続けることの現実的な可能性、そして、それに伴う環境への影響等を総合的に考え、あるべき利根川水系河川整備計画についてしっかり議論されることを要請します。
〔補遺〕治水安全度Ⅰ/50から1/70~1/80への引き上げは根拠がない。
2006年~2008年に進められた利根川水系河川整備計画の策定作業で関東地方整備局が示した治水安全度は本川1/50でした。それを前提として、有識者会議でも意見が述べられていました。ところが、今回の関東地方整備局の案では何の説明もなく、1/70~1/80に変わっています。なぜ、治水安全度が引き上げられてしまったのか、不可解です。
その理由を示してほしいという委員からの質問に対して、事務局が10月4日の会議で出した資料は次のものでした。
八ッ場ダム建設事業の関係地方公共団体からなる検討の場(第1回幹事会)
「○埼玉県県土整備部長代理
同じく埼玉県の高沢でございます。
利根川は、過去にカスリーン台風の洪水でも本県を含めまして重大な被害をもたらしております。また、現在でも一旦決壊をすれば、首都圏に大きな被害が生じると思っております。また、本県につきましては、本県の東側の地域でございますが、利根川よりも低いところに人と資産が集中しております。このため、利根川の治水安全度は埼玉県にとりましても非常に大切でございますので、このようなことから適切な治水安全度を設定するように検討していただきたいということでございます。よろしくお願いいたします。」
しかし、この議事録では、埼玉県は適切な治水安全度の設定をと述べているだけであって、引き上げるべきだという趣旨のことは一言も言っていません。
このことは、治水安全度Ⅰ/50から1/70~1/80への引き上げは根拠が何もなく、関東地方整備局の思惑だけで行われたものであることを明白に示しています。
(3)流域住民の安全を確保するための喫緊の治水対策を優先すべきである。
関東地方整備局の思惑による利根川河川整備計画の案は、八ッ場ダム等のダム事業をはじめとして、築堤、河道掘削、大規模な堤防強化、遊水池、ダム再編事業などに巨額の河川予算を使い続けることを前提としています。しかし、これからは(1)で述べたように、新規の社会資本投資可能額が先細りしていく時代ですから、早晩、巨額の河川予算を使う河川行政が暗礁に乗り上げてしまうことは必至です。
利根川流域住民の安全を真に確保できる喫緊の治水対策を厳選して、そこに河川予算を集中して投じるようにしていかなければなりません。そうしなければ、利根川流域は氾濫の危険性がある状態が半永久的に放置されてしまいます。
そのことを踏まえれば、利根川水系河川整備計画の策定において、利根川流域住民の安全を真に守る喫緊の対策とは何か、そのことを有識者会議は真剣に議論しなければなりません。そのうえで、環境にも十分に配慮した、利根川河川整備計画の正しい方向性を示すべきです。そのことが本有識者会議の委員に課せられた使命であると言っても、過言ではありません。
4 利根川水系全体の河川整備計画の策定を!
(1)河川整備計画策定の基本ルールの遵守
利根川には大きな支川がいくつもあり、それらの支川も含めて、河川整備計画を策定しなければなりません。支川と本川は相互に関係しており、特に支川の状況が本川に影響するので、両者を切り離して河川整備計画を策定することは、科学的見地から見てあってはならないことです。全国の水系でもほとんどは水系全体の河川整備計画が策定されてきました。例外として石狩川は各支川、本川ごとに河川整備計画を策定しましたが、その場合も本川の策定を最後にしています。
そのことは、河川法の運用の通達「河川法の一部を改正する法律等の運用について」にも次のように明記されています。
「一 河川整備基本方針及び河川整備計画について
2 河川整備計画の策定について
① 河川整備計画の策定単位
河川整備計画は、河川整備基本方針に沿って計画的に河川の整備を実施すべき区間について定めるものであり、その策定単位は、一連の河川整備の効果が発現する単位として原則以下のとおりとすること。
イ 一級河川の指定区間外は、水系ごとを基本とすること。 」
ところが、関東地方整備局は、本有識者会議が分担する利根川本川、すなわち、利根川・江戸川の河川整備計画だけを先に作ろうと考えています。しかし、それは上述のように、河川整備計画策定の基本ルールを無視したものであり、河川法の運用の通達にも違反することです。
2006年11月~2008年5月に行われた利根川水系河川整備計画の策定作業では、利根川水系を利根川・江戸川、鬼怒川・小貝川、霞ケ浦、渡良瀬川、中川・綾瀬川の五つのブロックに分け、それぞれに有識者会議を設置しました。今回も五つの有識者会議を開いて、それぞれ議論を進め、利根川水系全体の河川整備計画を策定するようにしなければならないにもかかわらず、関東地方整備局は利根川・江戸川有識者会議だけで終わらせようとしています。河川管理者が河川整備計画策定の基本ルールを無視し、河川法運用の通達に違反するようなことは、あってはなりません。
(2)官房長官裁定条件の遵守
昨年12月22日、八ッ場ダム本体工事費の予算案計上について民主党が強く反対の意思を示したことにより、藤村修官房長官は前田武志国交大臣と前原誠司政調会長に対して、本体工事費の予算計上に関して、
「1 現在作業中の利根川水系に関わる「河川整備計画」を早急に策定し、これに基づき基準点(八斗島)における「河川整備計画相当目標量」を検証する。
2 ダム検証によって建設中止の判断があったことを踏まえ、ダム建設予定だった地域に対する生活再建の法律を、川辺川ダム建設予定地を一つのモデルとしてとりまとめ、次期通常国会への提出を目指す。」
の二条件の遵守と、これらを踏まえて判断することを求める裁定を下しました。
このうち、2の条件については「ダム事業の廃止等に伴う特定地域の振興に関する特別措置法案」が3月13日に国会に提出されましたので、済んだことになっています。
しかし、利根川水系河川整備計画の策定という1の条件が残されています。この条件がクリアされない限り、八ッ場ダム本体工事の着工はなく、実際に平成24年度の八ッ場ダム事業の当初予算は本体工事費17億円を除く118億円にとどめられています。
関東地方整備局は、この条件をクリアするために急ピッチで河川整備計画を策定しようとしているのですが、官房長官の裁定が求めているのは、あくまで「利根川水系に関わる河川整備計画」、すなわち、利根川水系全体の河川整備計画の策定です。関東地方整備局の勝手な思惑で、利根川・江戸川という本川だけの河川整備計画を策定するのでは、官房長官裁定の条件を逸脱し、クリアしたことになりません。
本有識者会議の委員におかれましては、以上のことを踏まえ、関東地方整備局に対し、河川整備計画策定の基本ルールと官房長官裁定の条件を踏まえて、利根川水系全体の河川整備計画の策定を求めることを要請します。
5 利根川・江戸川有識者会議の開かれた運営を!
利根川・江戸川有識者会議が民主的に運営されるよう、次の改善を行うことを要請します。
① 有識者会議は淀川水系流域委員会に倣って、傍聴者が意見書を提出し、意見を述べ、意見陳述者と有識者会議委員との間での相互議論を可能とすること。
② 有識者会議で公正な審議が行われるよう、有識者会議の事務局は、河川管理者と一線を画し、委員の活発な議論を支援・促進する立場の民間団体に委託すること。 以上
追記 利根川流域市民委員会の賛同団体34団体の名簿は、9月25日に提出した「利根川水系河川整備計画の策定に関する要請(1)(計画策定の基本的な事項について)」の末尾をご覧ください。
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2012年10月16日
利根川・江戸川有識者会議委員 各位
利根川流域市民委員会
共同代表 佐野郷美(利根川江戸川流域ネットワーク)
嶋津暉之(水源開発問題全国連絡会)
浜田篤信(霞ヶ浦導水事業を考える県民会議)
利根川水系河川整備計画の策定に関する要請(6)
(日本学術会議の検討報告への疑問Ⅱ)
10月4日の有識者会議において小池俊雄委員から、当市民委員会が提出した「要請(4)(日本学術会議の検討報告への疑問)」に対して説明がありました。市民側の疑問に対して真摯に回答していただき、ありがとうございました。
しかし、私たちの疑問はいまだに解消されていません。再度、主な疑問点を記しますので、疑問が解消できるように丁寧にご説明くださるよう、お願いいたします。
1 分布型流出モデルの再現性への疑問
(1) 実績洪水を再現できない分布型流出モデル
学術会議分科会では、貯留関数法より新しい手法である分布型流出モデルによる計算も行われました。分科会ではこの分布型モデル(東大型と京大型)でも、貯留関数法と同様の結果が得られたとして、基本高水流量を妥当とする有力な根拠としましたが、しかし、それらの計算結果を見ると、東大型、京大型のいずれも実績洪水の再現性が良好ではありません。「要請(4)」では、東大型モデルの計算結果(次ページに再掲)において、実績と合っているのは、昭和33年洪水だけであって、34年洪水、57年洪水、平成10年洪水は計算流量と実績流量が少なからず離れており、過去の洪水を正しく再現できるモデルではないことを指摘しました。
そして、東大型モデルの計算結果について実績ピーク/計算ピークを求めると、昭和34年115%、57年96%、平成10年86%で、近年になると、実績ピーク/計算ピークが低下する傾向が明らかに見られ、森林の生長による土壌層の発達で保水力が向上してきたことを示唆していると、「要請(4)」で指摘しました。
(2) 小池委員の説明
上記の指摘に対し、10月4日の会議で小池委員は、概ね次のように説明されました。
「東大型の分布型流出モデルは、昭和年代中ごろから現在までの流量の長期的な経時変化を再現することに成功している。適合度の指標が0.7以上あるべきところ、0.85の値が得られており、再現性は高いと評価できる。
平成10年洪水についての乖離を問題にしているが、この程度のずれはあるものであり、東大型モデルの再現性は良好である。」
(3) 東大型モデルは平成10年洪水では実績よりも十数%も過大
分布型流出モデルは、洪水時だけでなく、非洪水時も含めて、流量を長期間連続的に計算できることにも利点があるようですが、肝心の洪水時の再現性が良好でなければ、基本高水流量の是非を判断するモデルとしての意味がありません。
東大型モデルで再現性を確認した4洪水において、流量が最も大きく、現在に近いのは平成10年洪水です。この平成10年洪水については上述のように、実績ピーク/計算ピークは86%にとどまっています。
86%という値は、「この程度のずれはあるもの」として看過できるほど、乖離が小さなものではありません。
東大型モデルによる昭和22年洪水の計算結果は、20,450~21,955 ?/秒でした。平成10年洪水と同様に、真値がこの86%とすれば、17,590~18,880?/秒になります。
国交省が貯留関数法の新モデルで算出した昭和22年洪水の計算値21,100?/秒よりも、2,220~3,510?/秒も小さい値になります。
このように、東大型モデルは、国交省の新モデルによる昭和22年洪水の計算値21,100?/秒を裏付けるものでは決してありません。
むしろ、東大モデルによる計算結果は昭和22年洪水のピーク流量が、それより2,220~3,510?/秒も小さい可能性が高いことを示しているのです。
小池委員が以上のことを否定されるならば、言葉だけではなく、具体的なデータで否定の根拠を示されるようにお願いします。
2 その他の疑問
(1) カスリーン台風洪水の実績流量と計算流量の乖離
① 「要請書(4)」の指摘
「要請書(4)」で次のことを指摘しました。
「カスリーン台風洪水の実績流量は公称で17,000?/秒、正しくは約15000?/秒です。一方、新モデルによるカスリーン台風洪水の計算流量は21,100?/秒で、実績流量を4,000~6,000?/秒も上回っています。国交省は、この差は八斗島地点より上流で氾濫したとしていますが、こんなに大量の洪水が氾濫するところはなく、実績流量と計算流量の乖離は解明されないままになっています。
学術会議分科会の公開説明会でも、小池委員は、メカニズムの理解から21,100?/秒を妥当としただけであって、事実面からの裏付けがないことを認めています。」
② 小池委員の説明
上記のことに関して,10月4日の会議で小池委員は次のような趣旨の説明をされました。
「氾濫の問題は確かなデータがないところで検討している。21,100?/秒と17,000?/秒の差については烏川と鏑川の合流点において、河道域の拡大が洪水ピーク流量に与える影響を分析したが、これはメカニズムを検討したものであり、実証までには至っていない。」
③ 確認事項
学術会議分科会の公開説明会および10月4日会議での説明をお聞きすると、新モデルによるカスリーン台風洪水の計算流量21,100?/秒と実績流量17,000?/秒(公称値で、正しくは約15,000?/秒)との差については説明できるデータはなく、未解明のままであるということになります。そのように理解してよろしいでしょうか。
(2) 森林生長に伴う保水力向上による洪水ピーク量の低減
① 「要請書(4)」の指摘
「要請書(4)」で次のことを指摘しました。
学術会議分科会は森林生長に伴う保水力向上による洪水ピーク量の低減を否定しました。その理由は、小池委員が9月25日の会議で発言されたように、また、分科会の公開説明会配布資料に記されているように、「土壌の発達と流出の関係を示すモデルは未だ開発されていない」ことにあります。
しかし、それは洪水流出モデルの開発が遅れていること、すなわち、研究者側の問題によることであって、そのことをもって、森林生長に伴う保水力向上による洪水ピーク量の低減をどうして否定することができるのでしょうか。明らかに論理が飛躍しています。
そして、東大型の分布型流出モデルの計算結果が森林生長に伴う保水力向上による洪水ピーク量の低減を明確に示しています。すなわち、東大モデルの計算結果から、実績ピーク/計算ピークを求めると、昭和34年115%、57年96%、平成10年86%で、近年になると、実績ピーク/計算ピークが低下する傾向が明らかに見られます。そのことは、森林生長に伴う保水力向上による洪水ピークの低減を物語っています。
② 確認事項
上記のことに関して、10月4日の会議では小池委員からの説明はありませんでした。①の指摘についてご異論があれば、改めてご説明をお願いします。
(3) 洪水流出の引き伸ばし計算の問題
① 「要請書(4)」の指摘
「要請書(4)」で次のことを指摘しました。
洪水流出計算モデルは実際にあった規模の洪水のデータからつくられますが、それをもっと大きな規模の洪水に適用できるのかという疑問は分科会の議論の中でも指摘され、四洪水の計算例が示されました。その計算例を見ると、実績中規模の洪水から求めたモデルの計算結果は、実績最大規模の洪水から求めたモデルの計算結果を上回っています。二つの洪水の過大率は10~11%にもなっています。
この実績最大規模洪水は近年最大の平成10年洪水で、実績中規模洪水より1.1~1.2倍程度の規模です。したがって、カスリーン台風洪水は近年最大の平成10年洪水よりもさらに1.5倍以上の規模とされていますから、平成10年洪水に当てはまるような洪水流出モデルからカスリーン台風洪水を計算すれば、誤差は11%を超えて、さらに大きく乖離していくことを意味します。
この引き伸ばしによる過大計算の問題はカスリーン台風洪水の計算結果の信頼性に関わる根本問題です。ところが、学術会議分科会は「世界的にも未解決の問題」として棚上げにしてしまいました。
② 確認事項
上記のことに関して、10月4日の会議では小池委員からの説明はありませんでした。①の指摘についてご異論があれば、改めてご説明をお願いします。
(4) 総合確率法への疑問
① 「要請書(4)」の指摘
「要請書(4)」で次のことを指摘しました。
日本学術会議第5回分科会で次の通り、総合確率法の根本的な問題点が東京大学の沖大幹委員から指摘されました。
「総合確率法は学術的な研究成果に基づくものなのか。ある生起確率に基づく降水量とそのときの時空間分布については学術的な検討が十分なされていない。総合確率法の中で平均を取るということは降雨の時空間分布が等確率であることを前提とする。そうしてよい理屈があるか。科学的に明らかになっていない仮定を前提とする手法に対して、学術会議が合理的であると回答してよいのか。」(第5回分科会の議事録5ページ 下から1~6行目)
この指摘に対して、学術会議の検討結果は、「妥当性はある。」と答えるのみで、「降雨の時空間パターンがそれぞれ独立であるという仮定」を裏付ける科学的な根拠を何も示しませんでした。
② 小池委員の説明
上記のことに関して,10月4日の会議で小池委員は次のような趣旨の説明をされました。
「基本高水流量を求める従来法は、特定の降水パターンしか見ないのに対して、総合確率法は計算対象の降水パターンの全部を見るもので、恣意性を避けた合理的な方法である。
総合確率法は降雨の時空間分布に独立性があることが成立条件であるが、関東地方のように様々な降雨パターンがあるところでは独立性があると考えてよいのではないか。この点を気象庁気象研究所の鬼頭昭雄委員に見解を求めたところ、独立性があると見てよいということであった。」
③ 確認事項
総合確率法は関東地方整備局が示した目標流量17,000?/秒が治水安全度1/70~1/80に相当するという根拠にもなっていますので、総合確率法が本当に科学的な方法であるのか、徹底的に検証する必要があります。
多くの河川で用いられている基本高水流量算出の従来法(10程度の数の洪水流量引き伸ばし計算結果の上位群から計算者が選択する方法)はきわめて恣意性が高い方法であり、それと比べて、総合確率法はその面での恣意性がないことは確かです。しかし、それは比較対象の従来法に問題がありすぎるからであって、そのことが総合確率法に合理性があるという根拠にまったくなりません。
降雨の時空間分布に独立性があることが総合確率法の成立条件です。しかし、その独立性については「あると考えられる。」という程度の裏付けしかなく、根拠となるデータは10月4日の会議でも何も示されませんでした。
また、総合確率法は雨量確率を流量確率に置き換えて計算しますが、そのような置き換えができるという科学的な根拠も示されていません。
要するに、総合確率法が使い勝手がよいから使われているだけであって、その合理性を示す科学的な根拠データは何もありません。
以上のように理解せざるを得ないのですが、ご異論があれば、改めてご説明をお願いします。
(5) 貯留関数法の基礎式の問題
① 「要請書(4)」の指摘
「要請書(4)」で次のことを指摘しました。
貯留関数法の基礎式は左辺と右辺の次元が異なり、物理的な意味を持たない式であるという指摘がされています。9月25日の会議で小池委員はこのことに関して、新モデルはその問題を克服して、次元は合っていると説明しました。
しかし、当日の配布資料に書かれている貯留関数法の基礎式は右に示す通り、従来の貯留関数法の基礎式と変わるところはなく、左辺と右辺の次元は異なったままです。
② 小池委員の説明
上記の指摘に対して、10月4日の会議で小池委員は次のような趣旨の説明をされました。
「貯留関数法の新モデルでは、左辺と右辺の次元が異なる問題は解消されている。星清氏の研究によれば、マニングの公式を組み込むことにより、pが0.6に収れんする条件では、右辺と左辺の次元は合うようになる。」
③ 確認事項
星清氏の論文「雨水流法と貯留関数法との相互関係」(第26回水理講演会論文集1982年2月)を読んでみたところ、貯留関数法の基礎式で次元が合うのは、星氏が理論的に求めたKを使用し、且つ、pが0.6の場合であることがわかりました。
しかし、新モデルではKは星氏のやり方とは全く別の方法で求められています。また、新モデルの39小流域のpは0.300~0.656の範囲にあって、0.6の小流域はありません。
したがって、新モデルの基礎式において左辺と右辺の次元が異なる問題はやはり解消されていません。
以上のように理解せざるを得ないのですが、ご異論があれば、改めてご説明をお願いします。
以上