球磨川の治水対策、川辺川ダムあれば九州豪雨の被害防げたか?(毎日新聞)

 7月の甚大な水害をもたらしたことについて、毎日新聞が詳しい記事を発信しています。
 この記事について、嶋津暉之さん(元東京都環境科学研究所研究員)の意見を紹介します。

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 この記事では、京都大防災研究所の角哲也教授が球磨川のこの度の氾濫について、川辺川ダムがあったと想定した場合、市街地が広範囲に浸水した人吉市の被害について「川辺川ダムがあっても氾濫は防げなかったが、市街地への氾濫水量を減らし、氾濫が始まる時間も遅らせることができた」と結論づけたことを伝えています。
 この分析結果は、角氏らのブログ「2020年7月球磨川水害速報」に掲載されています。
 http://ecohyd.dpri.kyoto-u.ac.jp/content/files/DisasterSurvey/2020/report_KumaRiverFloods2020_v3.pdf 

 この計算は球磨川の人吉地点の水位を危機管理型水位計で測定した結果から推測した流量7600㎥/秒を前提にしたものです。
 しかし、危機管理型水位計の最高水位は、「【熊本豪雨と川辺川ダム問題】球磨川の人吉における危機管理型水位計の異常な観測値」で述べたように、実際の水位より1.5m程度高いと考えられますので、その前提を見直せば、角氏の計算結果も変わってきます。

 この記事で紹介されている「国土交通省が示した球磨川水系の主な治水対策」の表は川辺川ダムの代替案ですが、いずれも現実性が全くないことに愕然とします。国交省は、現実性のない代替案を示して、川辺川ダム計画の復活を画策してきたと考えざるを得ません。

◆2020年8月4日 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20200804/k00/00m/040/108000c
ー球磨川の治水対策、11年間「放置」の謎 ダムあれば九州豪雨の被害防げた?ー

  4日で発生から1カ月となった九州豪雨。最も被害の大きかった熊本県では、1級河川・球磨(くま)川の氾濫により多くの命が奪われた。支流の川辺川に予定されていたダム建設が旧民主党政権時代の2009年に中止された後、流域の治水論議は停滞していた。過去に何度も氾濫し「暴れ川」の異名を持つ球磨川の治水対策が11年もの間事実上放置されたのはなぜなのか。また、ダムがあれば被害は防げたのだろうか。【平川昌範】
 
「誰も責任取らず議論継続」 利害対立で混乱
 「現実的な代替案がないままダム計画が白紙になった。いつかまた水害が起きると感じながら、誰も責任を取りたくないまま議論が続いた」。川辺川ダム予定地で、集落ごと移転した熊本県五木村の前村長、和田拓也さん(73)は自省も込めて振り返る。ダム計画が中止になった09年以降、国、県、球磨川流域の12市町村はダムによらない治水のあり方を協議し、和田さんも19年10月に退任するまで首長の一人として参加していた。

 国は19年11月までに開かれた30回にわたる会議の中で▽河川拡幅▽川を深くする河道掘削▽上流から下流に直通する放水路の新設▽堤防のかさ上げ▽遊水地の設置――など10通りの治水案を示した。これに対し、河川拡幅案には川沿いに市街地を抱える人吉市が「市中心部の大規模移転は理解を得られない」、放水路案には下流の八代市が「下流域の水位が高くなる」、遊水地案には複数の自治体が「優良農地が失われる」など、流域自治体がそれぞれの立場で反対を表明し利害対立が浮き彫りになった。

 さらに、安くても約2800億円、最高で約1兆2000億円にも上る費用や、最長200年に及ぶ工期を巡っても意見がまとまらず、足踏み状態が続く。当面の治水対策として、国と県合わせて毎年15億~30億円余りの予算で可能な範囲の宅地のかさ上げや河道掘削などを続けているが、抜本策が見いだせないまま今回の豪雨に襲われた。

「計画は自民党政権時代に破綻していた」
 そもそも川辺川ダムが建設できなかったのはなぜか。ダムは1963~65年に球磨川で相次いだ大規模洪水対策として、66年に国営の治水ダムとして計画された。その後、かんがいを目的とした利水や、発電も加わり多目的ダムとなったが、減反政策で農地が減った受益者の農家からも反対の声が上がり、07年には国も発電事業者も利水計画から撤退。流域自治体の首長も相次いで反対に転じ、08年に蒲島郁夫知事が計画の白紙撤回を表明、翌年誕生した旧民主党政権が中止を決めた。

 ダム建設予定地だった相良(さがら)村の村長として06年に反対を表明した立憲民主党の矢上雅義衆院議員(59)は「多目的ダムの計画は自民党政権時代に破綻していた。蒲島知事は破産宣告しただけだ」と語る。

 今回の豪雨で亡くなった熊本県内の死者65人のうち8割は球磨川の氾濫による犠牲者だった。全県で約9000棟に上った住宅の損壊や浸水被害も球磨川とその支流沿いに集中。既に「ダム必要論」が一部で出ているが、国策に翻弄(ほんろう)されてきた五木村の和田さんは「感情論ではなく具体的データに基づく議論を」と訴える。

 蒲島知事は3日、毎日新聞の取材に「球磨川の治水についてはダムも含め、国、県、流域市町村が連携して検証し考えていかねばならない。安全安心と同時に球磨川の自然の恩恵を享受できる『流域治水』の形で検討したい」と述べた。

識者「ダムあれば避難時間確保できた可能性」
 京都大防災研究所の角哲也教授(水工水理学)は気象庁の解析雨量と地形・地質を基に豪雨当日(7月4日)の球磨川のピーク流量を独自に推計。市街地が広範囲に浸水した人吉市の被害について「川辺川ダムがあっても氾濫は防げなかったが、市街地への氾濫水量を減らし、氾濫が始まる時間も遅らせることができた」と結論づけた。
 
 角教授らの推計では、今回の豪雨で川辺川から球磨川に流れ込んだ水量は最大で毎秒3200トン。仮に川辺川ダムがあった場合、少なくとも2000トンをカットして1200トン以下に減らせる。その結果、人吉市中心部を流れる球磨川の流量も7600トンから5600トン以下まで減らせたとみる。

 川の流量が減ることで、氾濫が始まる時間は約2時間遅くなって住民が避難する時間をより長く確保できたうえ、市街地に氾濫した水量も推計で2300万トンから400万トン以下に抑えられた可能性が高いという。角教授は「水没地の住民移転などが済んだ川辺川ダムは、完成までのコストが比較的低い。河川環境に配慮する技術も進んでおり、治水策の選択肢に加えるべきだ」と提言する。

 ダムによる治水効果を巡っては、東日本に上陸し大きな被害をもたらした2019年10月の台風19号で利根川が氾濫しなかったのは、八ッ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)があったからだという声が自民党などから出ている。旧民主党政権は川辺川ダムと共に八ッ場ダム建設も中止したがその後撤回し、建設が再開した。ただ、台風19号の上陸時は完成前の安全確認のため水をためる作業が始まったばかりで有効貯水容量が多く「完成後ならば緊急放流して下流に被害が出た可能性もある」との反論もある。

「ダムに頼らない治水議論」望む声も
 川辺川ダム建設に反対してきた新潟大の大熊孝名誉教授(河川工学)も、ダムで人吉の氾濫水量を減らせた可能性は認めるが「何千億円もかけ『氾濫水量を減らせた』だけでは許されない」と指摘。下流から先に雨量が増えた今回のようなケースでは、ダムがあっても人吉より下流では効果はなかったとして「ダムは雨の降り方に左右される不安定な治水施設で、緊急放流の可能性もある。ダムに頼らない治水を徹底して議論すべきだ」と訴える。

 九州大の矢野真一郎教授(河川工学)は「万能の治水策はないがダムも一つのオプションではある。流域で10年以上議論して決められなかったことを短期間で決めるのは難しいだろう。住民の意向が一番重要だが、避難や復旧がある程度落ち着いた段階で冷静に検討されるべきだ」と語った。

田中信孝・前人吉市長「ダムのデメリット検証を」
 球磨川流域の住民には幼いころから泳いで育った川への愛着と清流への誇りがある。水害時はタンスやちゃぶ台を2階に上げるなど、川との付き合いもできていた。しかし、川辺川ダム計画を巡って長年対立し、住民が分断された。ダムによる最大の受益地の市長として治水をもう一度考えようと、2008年9月に計画への反対を表明した。

 今回の豪雨で経営する葬儀会社も身長を大きく超える高さまで浸水した。盆ちょうちんや霊きゅう車なども水につかった。市長時代にダムに頼らない治水を国などと協議する場に参加したが、各首長の思惑や言い分があり、まとまらなかった。葬儀会社としても今回の犠牲者を送り出すことになり、痛恨の極みだ。

 今後ダム必要論が出てくるのはやむを得ないが、ダムの限界やデメリットこそ十分に検証すべきだ。今回のようにかさ上げした宅地が浸水するほどの豪雨にはハード対策だけでは人命を守れない。人口減少が進む中、何を最も大切にして地域社会を築いていくのか議論しなければならない。

たなか・のぶたか
 1947年、熊本県人吉市生まれ。2015年まで人吉市長を2期8年務めた。市長退任後は熊本大学大学院に入り、水害から住民の命をいかに守るかをテーマに修士論文を書いた。