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台風シーズン控え、ダムの事前放流についての記事(日経)

 昨年10月の台風豪雨以降、政府はダムの事前放流のルール作りを進めることになりました。豪雨を察知して事前放流を行うことにより、豪雨最中のダムの緊急放流による氾濫リスクを減らそうとするものです。 
 菅官房長官は、このところしきりにこの政策をPRしており、マスコミも菅氏のPRを記事にしています。しかし、今年7月の熊本豪雨では、球磨川の既設ダムは事前放流ができず、国土交通省は課題を検証するとしています。

 ダムの事前放流は政府の主導で始まりましたが、実際にどこまで機能するのか、有効なのかはわかりません。

★参考ページ 「事前放流へ統一運用/1級水系で治水協定締結/政府」

 なお、日経ビジネスの記事では、小見出しに「■効果を示した「八ツ場ダム」」とありますが、これは事実誤認です。昨年の台風19号における利根川での八ツ場ダムの治水効果はダム事業にかけた歳月と巨額の事業費に比較して、あまりに小さいものでした。国土交通省は台風19号の際の八斗島地点(群馬県伊勢崎市)における利根川上流ダム群(八ッ場ダム含む7ダム合計)の水位低減効果を約1メートルと発表しましたが、八ッ場ダム単体の治水効果はいまだに発表していません。

◆2020年8月8日 日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62407600X00C20A8LKA000/
ー水害軽減へ 広がるダムの事前放流、運用へ調整急ぐー

 全国各地のダムで大雨予報の前に水位をあらかじめ下げる「事前放流」の取り組みが広がっている。2018年7月の西日本豪雨では、愛媛県の肱川上流にあるダムが緊急放流し、下流域の住民らが死亡。甚大な被害が出たことなどを教訓に、各地で協議が加速している。本格的な台風シーズンへの備えを急ぐ。

 事前放流は、ダムにためた発電や水道、農業といった用途の水を前もって放流し、ダムの空き容量を増やすことで洪水被害の防止につなげる。どれだけの雨が降れば、下流で洪水が発生するかをあらかじめ算出。気象庁の予報雨量が基準を上回れば、事前放流の是非を管理者が判断する。

 18年の愛媛・肱川では、大雨の影響で貯水量がいっぱいになったダムで安全とされる基準量を上回る水を放流した。その影響で肱川は氾濫。住宅地に水が流れ込むなどして下流域の大洲市、西予市で死者が出た。

 19年には台風19号が各地に大きな被害をもたらし、全国各地で事前放流の実施に備えた協議が進む。首相官邸主導でこれまでに、国内に109ある1級水系のうち、ダムがある全ての水系で管理者と治水協定を6月までに結んだ。

 関西でも国や府県、電力会社などが事前放流を含む治水協定を締結。2府4県で8つの1級水系の約70のダムで、事前放流の仕組みを整えた。例えば、淀川水系で最大の日吉ダム(京都府南丹市)では、84時間先までの降雨量が260ミリ以上と予想された場合、事前放流の是非を判断する。

 実際の運用にあたっては前もって定めた基準降雨量のほかに、どのくらいの水を実際に流すかといった事前の調整が必要となる。雨が降らなかった場合に、ダムの水を使うはずだった電力や農業など利水者への損失補填の問題もある。近年、多発する線状降水帯を伴う豪雨は直前になるまで雨量の予測が難しいといった課題も指摘される。

 事前放流をめぐっては「放流する水の量によってはダムの改修が必要になることもある」(兵庫県総合治水課)。ダムは水害を防ぐといった治水を本来の目的としていない利水用ダムの方が数が多い。そうしたダムは短時間のうちに大量の水を流す能力にそもそも乏しい場合があるためだ。

 事前放流に備え、大阪府の担当者は「秋の台風シーズン前には協議を終え、きちんと始動させたい」(河川室河川整備課)と話す。滋賀県の担当者は被害防止の観点から「補填の問題はあっても、状況によっては可能な範囲で少しでも事前放流する可能性はある」(流域政策局)との考えを示す。

 大雨が降る前にダムの水を放流するため、たとえ晴れた日であっても下流では急な川の増水に注意が必要だ。九州などを襲った7月の豪雨では各地のダムで事前放流を実施した。国土交通省近畿地方整備局の担当者は「事前放流すれば、下流で水位は上がる。晴れていても放流を知らせるサイレンやアナウンスに注意してほしい」と話す。(小嶋誠治)
 

◆2020年8月4日 日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62295430U0A800C2CC1000/
ー利水ダム、事前の放流難しく 球磨川で想定外雨量ー

 九州などを襲った7月の豪雨で、農業用などの「利水ダム」が初めて本格的に洪水対策で使われた。大雨が降る前に容量を確保しておくため、33基が事前放流を実施したが、被害が大きかった球磨川水系(熊本県)では想定外の雨量に実施が間に合わなかった。国土交通省は課題を検証する。

 7月4日未明に大雨特別警報が出た球磨川上流。流域最大で利水と治水機能を併せ持つ多目的ダム「市房ダム」(熊本県水上村)など、6基のダムは河川を管理する国交省と「洪水の恐れがある場合に利水用の水も事前放流する」ことで合意していたが、実際には行われなかった。

 京都大の角哲也教授(水工水理学)らの分析によると、市房ダムは3日午後以降、事前放流の前段階の「予備放流」によって降雨103ミリ分の容量を確保したが、実際の雨量は1日で約420ミリと想定を大きく上回った。4日午前11時ごろにほぼ満水状態になり、放水量の調節が追いつかずに流入量と同量を放流する「緊急放流」の開始判断まで一時、残り約10センチに迫った。

 事前放流できていても貯水容量の増加分は200万立方メートルほどで、今回の豪雨による氾濫を抑えるには遠く及ばなかった。角教授は「市房ダムはぎりぎりまで水をためて被害の拡大を食い止めた」と評価しつつ「ダムの利水容量を活用するうえで課題も浮かんだ」と話す。

 ダムには(1)洪水を防ぐ治水ダム(2)農業や発電用の利水ダム(3)両方の機能を持つ多目的ダム――の3種類がある。政府は河川氾濫が多発した2019年10月の台風19号を受け、利水ダムや多目的ダムの利水機能を治水対策に活用する方針を決めた。利水ダムは全国に898基、治水ダムと多目的ダムは計562基ある。

 利水ダムは水不足や経済的損失の恐れから、従来は事前放流を実施していなかったが、国交省は全国109の1級水系にある利水・多目的ダムの管理者らと協定を結び、従来の2倍の91億立方メートルの洪水対策容量を確保。洪水が予測された際、空き容量をあらかじめ確保する目的で事前放流を行えるようにした。利水事業者に損失が生じた場合は国費で補填する。

 今回の豪雨でも7月4日以降、岐阜県や長野県などの計33基の利水・多目的ダムで事前放流を実施した。一方で、球磨川水系で甚大な被害が出た豪雨初期に実施されなかった最大の原因は、想定を上回る雨量にあった。

 前もって接近や上陸を予測しやすい台風と異なり、今回のように「線状降水帯」を伴う豪雨は雨量の予測が難しい。国のガイドラインが事前放流の実施判断を3日前からとしているのに対し、球磨川水系で大雨が予測されたのは前日夜だった。

 構造的な問題もあった。治水を本来の目的としていない利水ダムの放流管は治水ダムが備える洪水調整用の管より細く、治水ダムと比べて放流に時間がかかる。国のガイドラインが事前放流の判断を3日前としているのもそのためだ。

 角教授は「大雨の予測精度の向上に加えて、低い水位で放流できるダムに改造し、流域ごとに洪水調節効果が高い利水ダムを選び出すなど、集中的に運用の高度化を図る必要がある」と指摘する。

 国交省水管理・国土保全局の担当者は「予想が難しい豪雨でダム活用は避難までの時間を稼ぐ効果はあるが、限界も見えた。今後の課題として検証する」としている。

 政府は人工知能(AI)を活用し、降雨量やダムへの流入量の高精度な予測システムの開発も進める考えだ。

◆2020年8月3日 日経ビジネス
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62085860Q0A730C2000000/
ー「八ツ場ダム50個」の水害対策 菅官房長官に聞くー

 2018年の西日本豪雨、19年の台風19号と毎年のように続く豪雨災害を受け、政府は実効性の高い治水対策の練り直しを進めている。その柱の1つとして政府は今年6月から、発電や農業用などに限って使っていた既存の利水ダムも洪水対策に活用できるよう運用を見直した。

大雨の前に事前放流できるようにすることで、水害対策に使うことができるダムの貯水容量は倍増。拡大できた容量は総額5000億円以上の事業費をかけた八ツ場ダム50個分に相当するという。どのようにして対策を取りまとめたのか。九州地方に大きな被害をもたらした「令和2年7月豪雨」で見えた成果や今後の課題は何か。関係省庁による検討を主導した菅義偉官房長官に聞いた。

――今年も「令和2年7月豪雨」が発生し、甚大な豪雨災害は毎年続いています。政府としてどのような危機意識を持っていますか。

「18年の西日本豪雨、19年の台風19号と豪雨災害が続いていたところに、今年も7月豪雨に見舞われました。地球温暖化の影響が大きいと言われていますが、河川の氾濫リスクは近年高まっています」

「氾濫危険水位を超えた河川数は14年に83でしたが、19年は403と5年で約5倍になりました。政府としては、危機感を持って洪水対策を徹底して行っていかなければならないと考えています」

■「縦割り」だった洪水対策
――政府は対応策の柱として今年6月、ダムを活用した新たな洪水対策をスタートしました。菅長官は「ダムの有効貯水容量のうち水害対策に使うことができる容量をこれまでの約3割から約6割へと倍増することができた」と説明しています。そもそもどういう経緯で政府内の検討に乗り出したのでしょうか。

「昨年10月の台風19号による大雨で、多摩川や荒川の濁流を見た時、もし堤防が決壊したら大変なことになってしまう、多くの国民への多大な被害と経済への深刻な影響から日本の株式市場も急落しかねないと強い危機感を抱きました」

「この時は関東各地に整備されたダムや調節池などがフル稼働して大規模浸水をなんとか食い止めたわけですが、台風が通過した翌日には『来年の出水期までに政府としてできることは何でもやろう』と関係省庁に検討を指示しました」

「もっとも、今からダムを建設しようにも巨額の費用や時間を要することになり、迅速な対策の観点からは選択肢になり得ません。すると、治水を担う国土交通省の河川担当の局長が私のところにやってきてこう説明したのです。『実は全国で稼働する1470カ所のダムには水力発電や農業などに利用する利水ダム(約900カ所)と、治水目的も含む多目的ダム(約570カ所)があります。国交省所管の多目的ダムだけでなくこんなにある利水ダムも洪水対策で調整できるようになればいいと思うのですが……』」

――絵に描いたような縦割りの構図が続いていたということですね。

「そうです。つまり、これまで経済産業省が所管する電力用ダムや農水省が所管する農業用水用ダムなど利水ダムは各省の縦割りの下、あらかじめ水位を下げる事前放流を実施せず、水害対策にほとんど活用してこなかったのです」

「国が管理する1級水系では、多目的ダムが335カ所、利水ダムが620カ所ありますが、すべての貯水容量のうち水害対策に使える雨水などの貯水容量(洪水調節容量)は約3割(46億立方メートル)にとどまっていました。まさに縦割りの弊害ですよね」

 「それから、昨年の台風19号の際、5県6カ所のダムがあふれるのを防ぐため緊急放流を行いました。緊急放流は下流の河川の氾濫リスクを高めます。これをできるだけ避けるためにも、事前にダムの貯水容量を調整することが重要となります」

「実は昨年の台風19号の時、洪水抑止に役立ったダムの筆頭に挙げられるのが当時完成して試験貯水が始まったばかりの群馬県の八ツ場ダムです。当時八ツ場ダムはほぼ空の状態でした。台風による豪雨でほぼ満杯に近い水準まで貯水されましたが、関東地方を流れる利根川は八ツ場を含む複数のダムの効果で下流の水位が1メートルほど下がったと聞いています」

■効果を示した「八ツ場ダム」
「要は、台風の進路や降雨量などを予測し、それに先だって事前放流を実施してダムの水位を下げる仕組みの整備がポイントになると思いました。私は関係省庁の局長らを集め、豪雨時は国交省を中心に既存ダムの洪水対策を一元的に行う方向で検討するよう指示しました」

「19年11月に首相官邸に「既存ダムの洪水調節機能強化に向けた検討会議」を立ち上げ、検討を急がせました」

 ――まずは1級水系のダムを対象に運用を開始しましたね。

「これまでに109の1級水系のうちダムのある全国99の水系で電力や農業用ダムなどの管理者と治水協定を結びました」

「事前放流後に水位が戻らない場合の対応などが課題になっていましたが、損害が発生した場合には国が費用を補填する方針を示し理解を得ました」

「これにより利水ダムも洪水対策への活用が可能になりました。1級水系全体としては、全国で水害対策に使える貯水容量はこれまでの46億立方メートルから91億立方メートルに倍増しました」

 「ちなみに八ツ場ダムの有効貯水容量は0.9億立方メートルです。つまり、拡大できた容量は建設に約50年、総額5000億円以上の事業費がかかった八ツ場ダム50個分に相当します」

――例えば、昨年の台風19号で武蔵小杉(神奈川県)などに浸水被害が生じた多摩川水系の対応力はどうなるのでしょう。

「多摩川水系は利水ダムしかないため、これまで洪水調節容量はゼロでしたが、新たに3600万立方メートル、八ツ場ダムの約半分の容量を確保できました。首都圏を流れる利根川水系や大阪の淀川水系などでも水害対策に使える容量は2倍程度に増えます」

――事前放流のガイドラインでは「実施判断は3日前から行うことを基本とする」としていますね。

「事前放流は気象庁の気象予測モデルを基準に判断することにしています。気象庁は気象衛星『ひまわり』のデータや最新式レーダーの導入などで『3日前なら台風の進路や降雨量を高い精度で予測できる』ということだったので、そのような運用にしました」

■37カ所のダムで事前放流
――6月の運用開始から間もないこの7月の豪雨でさっそく洪水対応が試されました。

「今回の見直しによって増えた既存ダムの容量を活用して大雨時の増水を防ぐため、事前放流を全国37のダムで実施しました。各地の放流の効果は今後検証することになりますが、例えば木曽川水系では牧尾ダムが事前放流を行い、他の8カ所のダムで水害対策に使える容量を約4200万トン確保して放流量を抑えることで、木曽川の水量を約2割程度減らす効果があったと報告を受けています。一定の効果を証明できたと考えています」

――今回豪雨で氾濫した熊本県の球磨川水系では、上流の多目的ダムである市房ダムのみが事前放流を実施しました。気象予測上の課題が指摘されています。

「今回の豪雨をもたらした『線状降水帯』は積乱雲が線状につながって大量の雨を降らせるものです。現時点では残念ながら、台風などとは異なり発生予測が難しいのが実情です。予測の精度向上を急ぐ必要があります」

「また、球磨川水系では上流部の支流に川辺川ダムを建設する計画が中止された後、堤防整備などダムによらない治水を追求してきましたが、治水対策は答えが出ていない状況です。今後、様々な対応策を検討していかなければならないでしょう」

■2級水系も対応へ
 ――都道府県が管理する2級水系のダムについても同様の水害対策に取り組み始めていますね。

「そうです。国が管理する1級水系の河川はそのほとんどで堤防整備などの管理がきちんと行われています。これに対し、都道府県が所管する2級水系の河川は管理水準がまちまちで、近年は2級河川の氾濫が増えています。このため、近年水害が起きた水系や大きなダムがある水系などについては特に速やかに協定を結んで対応できるよう調整を進めています」

――降雨量などの予測精度向上へ人工知能(AI)の活用も打ち出しています。

「AIを活用して降雨量やダムへの流入量を精緻に予測し、さらにダムの事前放水量も予測できるよう研究開発を進めています。これにより、下流域の氾濫を防ぐため、上流の複数のダムで水位のコントロールを最適運用することなどが可能になると聞いています」

――これだけ大規模水害が多発する中、自治体ごとの対応には限界があるようにみえます。

「個々の自治体では緊急時に対応できる専門人材の不足が大きな問題だと聞いています。この4月から国交省の地方整備局職員を100人増やす対応を取りましたが、河川や道路の復旧工事の権限代行などで制度的にも国が支援する枠組みをつくっています」

――これまでの新型コロナウイルス対応もあり、危機時や自然災害時には「自助、共助、公助」が一体となって立ち向かうことの重要性が改めて注目されています。

「そこはものすごく大事なポイントです。私は国の基本は『自助、共助、公助』だというのが持論です。自分でできることはまずは自分でやってみる。その次に、地域や周囲が共助で助け合う。それでもどうしようもなくなったら国が必ず責任を持って対応してくれると国民から信頼される国をつくる。それこそが基本だと確信しています」

「国として激甚化する水害などへの対応は引き続き着実に進め、国や行政と住民との間の信頼関係を深められるよう、さらに努力していくつもりです」

(日経ビジネス編集委員 安藤毅)