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熊本県の市民団体、球磨川流域治水協議会に関する意見書提出

 昨年7月の球磨川水害後、国と熊本県、球磨川流域市町村からなる球磨川流域治水協議会は、川辺川ダム建設を前提に今後の治水対策を協議してきました。
 この協議会に対して、川辺川ダムに反対する熊本県内の市民団体がこのほど提出した意見書を送っていただきました。川辺川ダムの建設、瀬戸石ダムの放置など協議会が進めようとしている治水対策の問題点を指摘し、流域住民が求める治水対策を「早急に進めるべき治水対策」9項目、「検討と実施に時間を要する対策」5項目として示しています。
 ぜひ、お読みください。

★左の画像をクリックすると意見書が開きます。右の画像をクリックすると、意見書の説明資料が開きます。意見書を画像の下に転載しました。
流域治水協議会への意見書2021.1.5のサムネイル意見書説明資料2021.1.5のサムネイル

2021年1月5日
球磨川流域治水協議会
熊本県知事 蒲島郁夫様
国土交通省 九州地方整備局長 村山一弥様
八代市長 中村博生様
人吉市長 松岡隼人様
芦北町長 竹崎一成様
錦町長 森本完一様
あさぎり町長 尾鷹一範様
多良木町長 吉瀬浩一郎様
湯前町長 長谷和人様
水上村長 中嶽弘継様
相良村長 吉松啓一様
五木村長 木下丈二様
山江村長 内山慶治様
球磨村長 松谷浩一様
気象庁 熊本地方気象台 台長 板東恭子様
農林水産省 九州農政局 局長 横井績様
林野庁 九州森林管理局 局長 小島孝文様

清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会 共同代表 岐部明廣
美しい球磨川を守る市民の会 代表 出水 晃
子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会 代表 中島 康
代表連絡先 熊本市西区島崎4-5-13 中島康 電話090-2505-3880

   球磨川流域治水協議会に関する意見書

 川辺川ダム建設に対し、その最大の「受益者」であるはずの多くの豪雨被災者はダム建設を求めていません。ところが国土交通省は、被災者や住民の意見も聞かず、住民に説明もしないままダム建設を強行しようとしており、住民は国交省の事業の進め方そのものに不信感を持っています。このような状況で、流域治水に住民の賛同が得られることは不可能です。今後、国交省が川辺川ダム建設を強行したとしても完成まで長い年月がかかり、ダムが完成したとしても将来に禍根を残すことは明らかです。

 今後の球磨川の災害対策を進める上では、誰もが賛同し、すぐにでも開始できる事業こそを、早急に進めるべきです。また、田んぼダムや森林の保水力などの治水効果も評価し、数値化すべきです。巨額の費用や長い期間が必要な、巨大な事業ばかりを検討してきた12 年間の過ちを繰り返してはなりません。

 流域治水に関しては、大きな目標を立てる以前に、スモールステップ(小さな目標、実現できる業)を積み上げていくことが重要だと考えます。流域治水が流域住民のためになされるのならば、住民の賛同と住民参加は不可欠です。限られた国や県の予算は、住民のために効率的に使うべきです。下記4 点に関し、球磨川流域治水協議会への意見を述べるところです。

                       記

1 流域治水に計画策定の段階からの住民参加は不可欠
 流域治水とは、流域のあらゆる力を集めて豪雨災害を防ぐ、という考え方である。しかし、流域治水協議会のメンバーは国土交通省や熊本県、市町村長など行政関係者ばかりであり、流域の住民や専門家、学識者などは含まれていない。流域のあらゆる力を集めるというのならば、流域住民をはじめとする流域の人材もメンバーに加えるべきである。
 また、8 月からの球磨川豪雨検証委員会と本協議会は、豪雨被災者や住民の意見を一切聞かず、検討内容の説明さえない。本協議会資料の冒頭に、球磨川流域治水プロジェクトとりまとめに向けての基本的考え方として「あらゆる関係者が主役となる取り組み」と書いてあるが、流域住民が関係者から除外されているのが現状である。少なくとも、これまでの球磨川豪雨検証委員会と流域治水協議会での検討内容を、住民に丁寧に説明し、住民からの疑問にはきちんと答えるべきである。

2 球磨川豪雨検証委員会は、検証をやり直すべき
(1) 豪雨の状況や被害を検証するには住民参加が不可欠

 豪雨の状況や被害を最も知っているのは、当然流域に住む被災者や住民である。また、今
後行われる対策の受益者もまた被災者や住民である。豪雨の検証は、当然住民参加のもと行われるべきであり、様々な被災体験を積み上げ、それに基づいた対策を考えるべきである。

(2) 命を守るには、命が失われた原因を検証することが不可欠
 今次洪水で、球磨川流域で50 名の尊い命が失われたが、球磨川豪雨検証委員会は、お一人お一人の亡くなった原因を全く検証していない。人吉では20 名の方が亡くなられたが、全てが支流の氾濫によるものであり、亡くなられた場所と時間を詳細に検証すると、仮に川辺川ダムが効果を発揮(7月4日午前7時30分以降、球磨川豪雨検証委員会資料より推定)しても、命を救うことはできなかった。命を守るには、命が失われた原因を検証し、そのことを今後の対策に反映させることが不可欠である。

(3) 人吉のピーク流量の再検証と、時間軸を考慮して検証をやり直すべき
 球磨川豪雨検証委員会では、今次洪水の人吉のピーク流量を毎秒7000トン(実績再現ピーク流量)と算定している。しかし、堤防を2mも超えたことや、以前の国交省の資料で毎秒8900トンとしている史上最大の正徳洪水(1712年)をさらに80cm近く上回っていることから、人吉のピーク流量は毎秒10000トンを超えていると推計できる。つまり、今次洪水で仮に川辺川ダムが効果を発揮したとしても、効果は国交省の想定よりも非常に小さくなるはずである。また、ピーク時だけでなく、時間軸を考慮して検証をやり直すべきである。

(4) 実際に川辺川ダム地点を流れた流量での川辺川ダムの効果で再検証をすべき
 球磨川豪雨検証委員会では、今次洪水で仮に川辺川ダムがあった場合、川辺川ダムで毎秒3000トンのうち毎秒2800トンを洪水調整し、人吉の浸水面積を6割減らしたとしている。
 今次洪水で、球磨川では多くの橋梁が洪水に飲み込まれ、流失した。ところが、川辺川ダム建設予定地のすぐ上流と下流にある小さな2つの吊り橋が、流されずに残っている。このことは、川辺川上流の雨量は中流域に比べて低く、川辺川ダム地点の流量も少なかった動かぬ証拠である。今次洪水で、はたして川辺川ダム地点で毎秒3000 トンも流れたのか。実際に川辺川ダム地点を流れた流量で、川辺川ダムの効果の検証をやり直すべきである。

3 流水型ダムは今後の治水対策メニューから除外すべき
(1) 住民の賛同は得られない

 多くの豪雨被災者は、ダムによる洪水調節や国土交通省の事業の進め方に不信感を持っている。流水型ダムが洪水を防いだという実績もない。このまま流水型ダムの建設を強行しても、住民の賛同は得られず、長期間にわたり混乱が続くことは明らかである。

(2) 流水型ダムの穴が洪水時に流木等でふさがる
 洪水時の河川は、多量の流木や土砂、岩石などを押し流す。河床と同じ高さの穴が、流木や岩石でふさがるのは明らかである。流木や岩石が穴に入り込まないように、穴の上流側は20㎝のすき間のスクリーン(柵)でおおわれる。スクリーンにはりついた流木等が穴をふさぐのは明らかである。立野ダムでは、ツマヨウジを流木に見立てた模型実験で、スクリーンをふさぐ流木はダムの水位が上がると浮くから穴はふさがらないとしているが、あり得ないことである。

(3) 流水型ダムも満水になれば洪水調節できなくなる
 国交省は、ダムによる洪水調節で避難の時間を確保できるとするが、洪水調節している時間が深夜の場合や、住民に連絡が届かなかった場合はどうなるのか。満水となった時点でダムは異常洪水時防災操作(緊急放流)を行い、ダム下流の水位が上昇するのは明らかである。

(4) 河川環境に大きなダメージを与える
 流水型ダムは洪水時、ダムの上流に土砂や岩石を大量にため込み、洪水が終わった後は、たまった土砂が露出して流れ出し、川の濁りが長期化する。また、ダム下流への砂礫の供給はなくなり、岩盤の露出など河川環境に大きなダメージを与えることは明らかである。

(5) 長さ100mあまりのトンネル等で魚が遡上できない
 高さ約108mの流水型川辺川ダムの穴(トンネル)の長さは100mあまりになると推測される。ダムの上流には流木防止用のスリットダムが、ダムの下流には放流を受止める副ダムが造られると推測される。これでは魚類も遡上できないのは明らかである。

(6) 環境アセスメントをしない姿勢なのか
 球磨川流域治水協議会は、平成12 年度に公表した環境調査の調査項目を追加するだけで、環境アセスメントをしない姿勢だと考えられ、許されないことである。

4 今後の治水対策で進めるべきこと
(1) 早急に進めるべき対策(住民の同意が得やすく、すぐに取り掛かれる事業)

 地球温暖化による今次洪水のような線状降水帯による豪雨が、また今年の梅雨時に球磨川流域を襲うことも十分考えられる。下記の対策には時間的緊迫性を持って取り組むべきである。

① 今次洪水で堆積した土砂や、流失した橋梁等の撤去
 今次豪雨で球磨川に堆積した土砂125 万㎥(国管理区間)、20万㎥(県管理区間:権限代行分)、79万㎥(県管理河川)の撤去と、流失した橋梁等の撤去。なお、橋梁の架け替えにあたっては今次洪水の高さまでかさ上げすること。

② 平水位以上の球磨川本川と支川の堆積土砂の撤去
 人吉市内(特に中川原周辺)では、10 年以上堆積した土砂は放置されたままであった。まずは長年堆積した、平水位以上の堆積土砂を撤去すること。

③ 人吉市などでの防水壁の設置【提案】
 可搬式堤防などの防水壁は治水施設ではなく、国交省の構造基準は満たさない一時的なものである。しかし、最低でも避難に必要な時間を稼ぐことや、壊れさえしなければ住宅の浸水を防ぐことが可能である。ドイツなどヨーロッパでは可搬式堤防の実施例も多い。検討と実施に時間を要する対策が実施されるまでの間、浸水を防ぐために大変有効だと考えられる。

④ 瀬戸石ダムに堆積した土砂の撤去【提案】
 瀬戸石ダム湖とその上流には大量の土砂が堆積し、球磨川本川と支川の河床を押し上げ、今次洪水でも多くの地区の洪水水位を押し上げた。瀬戸石ダム湖とその上流の球磨川本川、支川に堆積した土砂を撤去すること。

⑤ 瀬戸石ダムの撤去【提案】
 瀬戸石ダムの構造物は、今回の豪雨時に球磨川の断面積の約65.9%の流れを妨げている。瀬戸石ダムが、洪水水位を大きく押し上げ、ダムの上下流の被害をかなり大きくした。流域治水協議会の資料からも、全ての対策を実施した後も瀬戸石ダム周辺では不等流計算水位が計画堤防高を上回っている。対策は、瀬戸石ダムの撤去しかない。

⑥ 浸水地区の高台移転・宅地かさ上げ
 今次洪水で浸水した地区では高台移転、宅地かさ上げを積極的に進める。かさ上げの高さは、今次洪水の水位とする。かさ上げ盛土には河道内の堆積土砂を使用する。高台移転、宅地かさ上げ等に必要な費用は全て公費負担とすること。高台移転・宅地かさ上げについては地区住民の総意により決定すること。

⑦ 森林の保全(シカ対策、放置人工林の間伐、土砂の流出を押さえる対策)
 今次豪雨では至る所で山腹崩壊が見られ、流出した土砂や岩石、流木等が支流をうずめ、被害を拡大させた。球磨川流域の森林の状況を見ると、至る所で皆伐が行われ、間伐等がされていない放置人工林も多くみられる。また、シカが下草を食い尽くし、地盤がむき出しとなった場所も多くみられる。巨大ダムをつくる予算があれば、一刻も早く森林の保全に予算を投入すべきである。森林の保水力の治水効果も評価し、数値化すべきである。

⑧ 遊水地の候補地選定と設置
 先月末、相良村が村内3 地区の農地を遊水地の候補地として検討していることが報道された。このように、流域治水を進めるには、流域の賛同を得ることが不可欠である。

⑨ 田んぼダムの推進
 水田の排水口を絞って排水量を調節して水をためる。新潟県で取り組まれ、低コストで効果が高いことが実証されている。100 年に一度程度の雨でも70%の流出抑制効果があるとされる。新潟では農家には経済的、人的負担はかけないやり方で実施されている。行政が補助金を使って本気で実施すれば、数年で実施できるとの指摘もある。田んぼダムの治水効果も評価し、数値化すべきである。

(2) 流域全体で実施すべき対策(検討と実施に時間を要する対策)
① 河道掘削、堤防かさ上げ【提案】

 河道掘削は、ダムによる洪水調節よりも確実に洪水水位を下げることができる。河道に堆積した土砂の除去と共に、可能な河床掘削を行う。さらには、人吉市の中川原のスリム化、もしくは撤去を検討する。あわせて堤防かさ上げとの組合せも検討する。

② 支流をゆっくり流すための対策【提案】
 球磨川ではこれまで、少しでも早く洪水を流すために、山林の渓流から本流まで直線化が行われてきた。今後は、流域全体で洪水をゆっくり流すことで、人吉盆地下流部への洪水の集中を防ぐ(洪水のピーク流量を下げる)ことが必要である。支流の対策では、改修以前の状態に近づけて、遊水空間を確保するなど、洪水をゆっくり流せるようにする。地元の賛同が不可欠であり、それらの対策で農地などが被災した場合は十分な補償を行う。

③ 農地の保水力の強化と農業用水路の低流速化【提案】
 農地にも一定の治水能力を担保してもらうことが重要であり、排水系統を精査し、水田面への貯留量の強化、水田面からの排出水量のコントロール、農業用排水路の低流速化などの対策を行う。地元の賛同が不可欠であり、それらの対策で農地などが被災した場合は十分な補償を行う。

④ 山地排水路の低流速化【提案】
 山地渓流河川の護岸を改修以前の状態に近づけて、洪水をゆっくり流せるようにする。砂防ダムに堆積した土砂の撤去、砂防ダムの見直しと撤去、巨石の投入、衝突によるエネルギー減衰、瀬淵構造の復元などを行い、山地からの流出速度を低減させる。

⑤ 樹林帯の活用【提案】
 洪水時に河道からあふれる水勢を弱め、農地や宅地等への土砂流入を少なくするために、まとまった樹林帯(水害防備林、河畔林)を導入する。河道内に堆積した土砂に生えた樹木は、堆積土砂とともに撤去する。

           以上