利根川水系では忘れられていた二つのダム計画が復活しようとしています。
その一つ、倉渕ダムをテーマとした集会のお知らせを地元の住民団体よりいただきました。チラシを転載します。
【参考ページ】「中止した倉渕ダムと戸倉ダム、再開めざして国交省が調査着手」
「20年以上前に中止された戸倉ダムと倉渕ダムの事業計画の復活」
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—–転載終わり—–
国交省関東地方整備局は今年1月、利根川水系の洪水対策を議題とした会議において、20年以上前に中止した倉渕ダムと戸倉ダムの事業再開方針を関係都県(東京都・埼玉県・千葉県・茨城県・栃木県・群馬県)に明らかにしました。
倉渕ダムは群馬県の旧倉渕村(現・高崎市倉渕町)が予定地です。新たな計画は国の事業のようですが、旧計画は群馬県の事業でした。戸倉ダムは尾瀬の玄関口、群馬県片品村に(独)水資源機構が計画しました。
八ッ場ダムの事業費倍増案が発表された2003年11月の翌月、反対運動がなかった戸倉ダムの中止が突然発表され、倉渕ダムも凍結されました。いずれのダムも道路の付け替えなど関連事業が進んでいました。
倉渕ダムをめぐっては、高崎市で活発な反対運動がありました。03年4月には高崎市長選でダム建設の是非が争点となり、8月には公開討論会が開かれました。ダム反対世論を汲み取る形での小寺知事の凍結決定でした。両計画とも水需要の低迷など時代状況の変化が中止の理由で、その後正式に中止手続きが行われました。
今回の方針転換について、国土交通省は気候変動の時代にあって利根川水系のさらなる治水対策が必要と説明しています。しかし地元では、倉渕ダムが本当に必要なのか、疑問の声が再び上がり始めています。