群馬県の公式サイトには、「八ッ場ダムの必要性」についての解説ページがあります。
 https://www.pref.gunma.jp/06/h5200040.html

 このページには、以前は「八ッ場ダムの治水効果を河川改修で対応する場合の想定」という章があり、以下の説明文と図が掲載されていたのですが、このほど削除されました。削除の理由は、これらの説明文と図には根拠がないことが明らかになったためです。
キャプチャ.PNG2
キャプチャ

 土屋氏公述.jpgトリミング これらの図と説明は、6月に開催された八ッ場ダムの公聴会において、八ッ場ダムの推進論者として有名な土屋信行氏が自らの公述の中で取り上げたものです。公聴会で登壇した土屋氏は、八ッ場ダム水没予定地住民の土地や家屋の強制収用を肯定する公述を行う中で、上記の図を群馬県のホームページが出典先であることを明示して映写し、八ッ場ダムが利根川下流の洪水被害を防ぐのにいかに大きな役割を果たすかを説明しました。

 しかし、図や説明の根拠資料を群馬県に情報公開請求したところ、群馬県は資料が不存在であるとする以下の「公文書不存在決定通知書」を7月17日付けで大澤正明知事の名前で出しました。通知書から一部引用します。
 「群馬県ホームページの当該個所に関する資料は、事務担当課において保有が確認できなかった。
  *HP公開に関する資料や、計算に関する資料について、執務室や倉庫内を探したが、確認できなかった。・・・以下略」
公文書不存在通知

 八ッ場ダムの洪水ピークの削減効果は僅かなもので、下流に行くほど効果は減衰します。国交省の調査報告書でもそのことは明らかになっています。江戸川では大きく見ても、5~6cmの水位低下ですから、少しの河床掘削で十分に対応できます。ところが、八ッ場ダムはその程度の効果しかないのに、八ッ場ダムがなければ、江戸川の川幅を60mも広げなければならず、そのために5千戸の家屋の移転が必要だというのですから、びっくりしてしまいます。そのように荒唐無稽な話が群馬県のHPに掲載され、同じ話を土屋氏が臆面なく語っているのです。

 当会では通知書が届いた後、群馬県に対して根拠のない資料をホームページから削除するよう求めました。県が削除するのに一カ月以上かかりました。

 土屋氏は6月の八ッ場ダムの公聴会で千葉県の「松戸市民」と名乗り、肩書きを明らかにしませんでしたが、現在は公益財団法人「えどがわ環境財団」理事長です。
http://edogawa-kankyozaidan.jp/about/pages/220/

 土屋氏は「日本ダム協会」による「ダムインタビュー」において、以下の説明を行っています。
 「八ツ場ダムがないと、江戸川区あたりでは60メートル川幅を広げなくてはいけない。実は、江戸川区で独自に計算したのですが、用地買収、移転補償費で試算すると江戸川改修で7000千億円。利根川改修で1兆3千億円かかる。下流の安全を図るとなると2兆円かかるということになります。」(「八ツ場ダムの代替案を考えると2兆円」より)
 http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranB/TPage.cgi?id=508

 ダムインタビューには、ページの末尾に詳しいプロフィールが掲載されており、土屋氏が東京都や江戸川区で要職を務めてきたことが明らかにされています。土屋氏は江戸川区土木部長の時代、スーパー堤防を推進し、群馬県議会において八ッ場ダム推進の立場から意見陳述を行ったことでも知られています。群馬県議会の公式サイトに掲載されている意見陳述でも、土屋氏は八ッ場ダムの治水効果について同様の説明を行っています。

 「治水面からみた八ッ場ダムについて」(江戸川区土木部長 土屋信行)
 平成21年12月11日(金) 群馬県議会庁舎2階 203会議室
 https://www.pref.gunma.jp/gikai/z1111029.html
 「私共が計算した結果、八斗島から下でダムの無い分を河道で全て流そうとすると、引き堤の用地買収、そして家屋補償等もありますので、利根川本川で1兆3,000億円。江戸川では7,500億円。あわせて2兆500億円が必要です。ダム1箇所で守ればポイントで守れるんです。先生も先程言いました。ここで戦線拡大してですね、全部戦端を開けば、これ全部守らなければいけない。だから面で守るか点で守るか、その選択肢だと思います。だから2兆500億円をかけるか、残り1,300億円をかけるか、というふうに思います。」

 キャプチャ 意見陳述の際、土屋氏が映写したスライドが群馬県の公式サイトに今も掲載されています(右写真)。6月の八ッ場ダムの公聴会で映写されたパワーポイントと同じスライドが使われています。
 http://www.pref.gunma.jp/gikai/z1111046.html
 「江戸川を引き堤した場合」(江戸川区土木部長 土屋信行提供資料 43ページ)

 今回の台風18号による大雨被害でもまざまざと見せつけられたように、水害は大きな被害をもたらします。不安を煽られると私たちは思考停止になりがちです。しかし、行政が推進する巨大事業を擁護する「専門家」の説明を鵜呑みにする前に、説明の根拠を確認する必要があります。

 このたびの鬼怒川水害においても、土屋氏のコメントがテレビや新聞で取り上げられています。鬼怒川水系の治水対策の責任者は国土交通省関東地方整備局であり、今回の水害についてもこれまでの洪水対策が適切であったかがまず問われますが、土屋氏は以下のコメントでも河川行政には触れていません。

 2015年9月14日 日刊スポーツ「気象庁が避難指示発令すべき/土屋信行氏の目」より、一部転載
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150914-00000073-nksports-soci
 「<土屋信行氏の目>
 今回の水害は、起こるべくして起こったという印象。日本では治水対策が遅れている河川が多く、危ないと思っていた。

 気象庁が避難を直接指示できないところに、防災対策の欠点がある。警戒情報や危険情報などを出せるが、避難の勧告や指示は、市区町村長しか発令できない。危険を予知できる気象庁が避難の必要性を住民に直接訴えられるように、法改正をすべきだ。

 市区町村長は避難情報を発令しづらい。被害が出ないと「避難する必要はなかった」と責められるからだ。勧告や指示が出た時は、すでに手遅れと考え、「勧告」手前の「避難準備情報」で逃げ出したい。

 鬼怒川などの河川では今後、強度を増した堤防が築かれるはずだが、今回を上回る降水量があれば、また決壊や越水が起こる。温暖化の影響でどこまで増水する可能性があるのか試算して治水対策をやり直してほしい。(東京都建設局元課長、昨年8月に著書「首都水没」を出版)」

—転載終わり—

 土屋氏は「危険を予知できる気象庁」の役割を拡大するよう提言していますが、河川が溢れるかどうか、堤防が決壊するかどうかの判断をどうして気象庁ができるのでしょうか。河川の状況を判断できるのは河川管理者であり、鬼怒川の場合は国交省です。今回の鬼怒川の決壊・越水に関してもその危険性が高まっている状況を把握しているはずの国交省がその情報を刻々、市役所に流して市がすみやかに避難指示を行えるようにすべきでした。
 そのような河川情報のことを仕事の上で知っているはずの土屋氏が筋違いの気象庁に責任を負わせようとするのは理解に苦しみます。テレビなどに登場する「専門家」は、このように的外れな発言をしているのです。

◆鬼怒川直轄河川改修事業に関する国交省資料(平成26年10月10日)
 http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000111438.pdf

 堤防が200メートル余り決壊した鬼怒川左岸の災害現場(茨城県常総市三坂町、2015年9月14日撮影)
津波の跡のよう.jpgs