八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

八ッ場ダム公聴会についての東京新聞特報記事

 さる6月26,27日、八ッ場ダム事業の強制収用の可否を問う公聴会が開かれました。東京新聞がこの公聴会について、詳しい特集記事を載せています。前半は土地収用の対象となる水没予定地の住民の公述について、後半は八ッ場ダムが目的を喪失していることについて、いずれも他紙ではまだ殆ど取り上げられていない問題です。
 以下のURLをクリックすると、記事で取り上げられている公述の文字起こしが表示されます。

 ●ダム予定地からの反対意見 https://yamba-net.org/wp/?p=11735
 ●八ッ場ダム公聴会1日目 https://yamba-net.org/wp/?p=11648
 ●嶋津暉之さんの公述 https://yamba-net.org/wp/?p=11614

 記事を転載します。

◆2015年7月5日 東京新聞特報部

ー八ッ場ダムの土地収用公聴会ー  

 民主党政権時代に「無駄な公共事業の象徴」とされた八ツ場ダム(群馬県長野原町)の建設工事に関し、国は土地収用をめぐる公聴会を開いた。国土交通省側がダムの必要性や公益性を強調する一方で、水没予定地で暮らす住民は事業の進め方を批判。市民団体メンバーからは、建設目的が失われているとの訴えが相次いだ。あらためて問う。八ツ場ダムは本当に必要なのか。       (篠ケ瀬祐司)

 「生前葬の気持ちで来た」 喪服着て抗議示す

「今日は(自分の)生前葬の気持ちで来ている」
 公聴会は六月二十六、二十七の両日、長野原町に隣接する東吾妻町のホールで開かれた。二日目に、長野原町の高山彰さん(六一)が登壇した。黒いダブルの礼服に黒いネクタイ姿。高山さんはダム湖ができれば水没する地区で生まれ育ち、今もそこで暮らす。
 喪服は抗議の意思表示だという。「土地収用手続きは、まるで国がピストルを突きつけ、出て行かないと引き金を引くと言っているようだ。思い出が詰まり、母親のように大事な故郷を捨てられない。だったら故郷とともに(私を)撃っちゃってくださいよ」。静かに語る高山さんの声が会場に響いた。
 八ッ場ダム本体工事は今年一月に始まった。それに先立って国道は閉鎖され、高山さんは大きく遠回りしなければ、ほかの地区に行けなくなった。「ピストルを突きつけ」られるとは、こうした追い立てるような進め方を指している。

国交省は四月、土地の強制収用ができるよう太田昭宏国交相に申請した。これまでに事業予定地約三百一㌶の93%を取得済み。今回の手続きで、残っている民家や共有地の取得を目指す。公聴会に続いて第三者機関で収用の可否が検討される。認められれば群馬県の収用委員会で審理され、権利取得の裁決後に強制収用が可能になる。

 高山さんは降壇の間際に「十分の一も話せなかった」と語った。訴え切れなかった思いを会場外で聞いた。
 「国側は『早く代替地(の希望場所)を決めてくれ』と言ってくる。でも代替地の安全対策がどうなるかも、鉄鋼スラグがどれだけ使われたかも分からないじゃないですか。スラグから有害物質が出れば、下流住民に影響を与えかねない。これで安心して移れますか」

 高山さんの言う安全対策やスラグ問題とは何か。
 地質などの影響で、ダム湖予定地域周辺十一カ所で地滑り対策が必要とされている。国交省は、水没予定地の住民が移る代替地五力所でも補強対策を検討するとしてきた。
 ところが、公聴会では、国交省・関東地方整備局の八ッ場ダムエ事事務所の担当者は「ボーリング調査の結果をみて、専門家の助言を得ながら対策の必要の有無や内容の検討・設計を行う」として具体策を示さなかった。
 ダム建設事業地内の各種工事では、鉄の精製時に出る砂利状の「鉄鋼スラグ」が、建設資材に混ぜるなどして使われたことが分かっている。国交省は昨年十二月、住民の移転先など八力所で有害物質が検出されたと発表した。有害物質が含まれている鉄鋼スラブが、原因とみられる。
 今後の対応策について、工事事務所担当者は、公聴会で「群馬県が行っている廃棄物処理法に基づく調査結果を踏まえ、関係機関と連携し、適切に対応する」と述べるにとどまった。公聴会後、本紙が群馬県廃棄物・リサイクル課に取材したところ「法律違反や地下水への影響について調査中」との答えだった。

(写真)土地収用に反対意見を述べる高山彰さん。自身の「生前葬の気持ちだ」と、喪服姿で臨んだ=6月27日、群馬県東吾妻町で

「建設目的が失われている」「ダムなくても流量維持、発電しても電力量増えず?」

 二日間の公聴会で計二十二組が意見を述べた。高山さんとは別の住民や下流自治体関係者がダムの早期完成を求める一方で、約半数の公述人は、地滑りの危険性や「ダム不要論」を訴えた。
 市民団体のメンバーは、八ッ場ダムの洪水調整機能は限定的で、終戦直後を除けば、利根川で堤防を越えるような洪水が発生していない点を指摘。関東地方の水使用量が減少していることも挙げ、ダムは不要で、土地収用の公益性もないと強調した。

 別の建設目的にも疑問が投げかけられた。
 国交省は、名勝・吾妻渓谷の景観維持などのために、毎秒二・四立方㍍の水が常時吾妻川に流れるようにすることもダムの建設目的としている。これに対し「水源開発問題全国連絡会」の嶋津暉之共同代表は公聴会で、ダムなしでも流量は維持できると主張した。
 東京電力・松谷発電所(東吾妻町)は、長野原取水堰(長野原町)から吾妻川の水を引くなどして発電している。この発電所は水利権更新を審査中で、更新後は国のガイドラインに沿い、川の流量を維持しなければならない。
 嶋津氏は情報公開請求で、東電が二〇一三年に国交省に提出した資料「水利権期間更新申請における河川維持流量の再検討」を入手した。八ッ場ダム付近に毎秒約二・四立方㍍の水が流れるようにすると読める。この通りならダムがなくても流量は確保されることになる。

 発電もダムの目的の一つとしている。ダム直下には県営「八ツ場発電所」を新設する計画だ。
 ダムが建設されると、下流の流量が減るため、既存の水力発電には影響が出る。一一年に関東地方整備局が出した「八ッ場ダム建設事業の検証に係る検討」によると、東電の水力発電所の発生電力量は、ダム建設前の計五億七千七百万キロワット時から、完成後は五億六千百万キロワット時に減る。それでも八ッ場発電所の四千百万キロワット時が加わるため、全体では六億二百万キロワット時に増えると試算している。
 八ッ場ダム工事事務所によると、この計算は、八ッ場発電所から下流の東電・原町発電所(東吾妻町)に導水施設をつくることを仮定して計算した。「できるだけ減電量を減らす(小さくする)方策」だという。
 これに関し、嶋津氏は公聴会で、情報公開請求で入手した群馬県の八ッ場発電所計画図には、導水施設がないことを指摘した。導水施設なしでは電力量が減る。発電目的のダムが全体の電力量を減らすという、おかしな結果を招きかねない。
 工事事務所は公聴会で、流量維持や発電の目的消失を認めなかった。東電の資料については「一概に事実かどうかというものではない」と内容確認を回避。導水施設についても「施設の有無を含めた具体的な計画については、今後関係者と調整を進める」と述べるにとどまった。

 どうも要領を得ない。本紙は公聴会後に工事事務所に取材したが「水利権更新申請にあたって提出資料を踏まえながら審査中」「(導水施設設置など)八ツ場ダム完成後の計画は定まっていない」としか答えなかった。
 東電にも確認してみた。担当者は、国交省への提出資料について「その時点での試算を示した。現在は内容を精査中だ」と工事事務所と同趣旨の説明をした。導水施設の設置の有無は「当社としては分かりかねる」、減電量の見通しについても「国交省と協議中で答えは控える」とした。
 嶋津氏は国などの対応に憤る。「指摘に正面から答えていない。具体的計画がない導水施設を用いて減電量を低くみせようとしている。もし導水施設を建設すれば数十億円はかかるだろう。こうした実態を説明せず土地収用手続きに入るのは許されない」

(写真)八ッ場大橋から見た八ッ場ダム建設現場(奥)。旧JR川原湯温泉駅付近では、遺跡発掘調査が進んでいる=6月26日、群馬県長野原町で

デスクメモ
八ツ場ダム建設に伴う発掘調査では、寺院の本堂や庫裏、山門の跡とみられる遺跡が見つかっている。浅間山の天明大噴火で、火砕流が流れ込み、不動院の住職が山を駆け上って助かったという記録が残るという。古来、日本人は自然に畏敬の念を抱いてきた。ダム建設は、この思想と相いれないように思う。 (国)

写真=土地収用の対象となっている水没予定地の川原畑地区(吾妻川の右手)と川原湯地区(吾妻川の左手)
水没予定地(八ッ場大橋より).jpg縮