八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

耐越水堤防の経過と現状(封印が解かれつつある耐越水堤防工法)

 山間部に造られるダムは、水を貯めることによって平野を流れる川が溢れるのを防ぐことを目指していますが、平野部における治水対策の基本は築堤です。
 わが国では、堤防は土饅頭のようなものだから堤防整備だけでは洪水を防げない、として第二次大戦後、ダム事業に多額の予算が投じられてきました。しかし、ダムの治水効果はダムから遠ざかるほど減衰するため、平野部における効果はきわめて限定的です。日本一高額であった八ッ場ダム事業にみられるように、ダム事業費の多くは道路や鉄道の付け替え工事、水没住民の移転補償、ダム湖周辺の地すべり対策など、「治水」と直接は関係のない項目に費やされ、ダム堤の建設費用は事業費の一部(八ッ場ダム事業の場合は1割以下)にすぎません。

 川が溢れるのを防ぐ堤防は、土が崩れる欠点を補えば、治水対策としてはいかにも迂遠なダム建設よりはるかに有効です。
 建設省の複数のOBは、同省が1980年代にはすでに、堤防の欠点を補う強化工法を技術的に確立していたにも関わらず、ダム事業を推進するためにこの工法を封印したことを明らかにしています。気候変動による水害の頻発により、国(建設省は2001年より国土交通省へ)のこれまでの頑なな姿勢に変化の兆しが見えます。

 この問題に関する嶋津暉之さん(元東京都環境科学研究所研究員、当会運営委員、水源開発問題全国連絡会共同代表)の論考を紹介します。

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 耐越水堤防の経過と現状(封印が解かれつつある耐越水堤防工法)

 耐越水堤防は比較的安価な費用で堤防を強化し、洪水時の越水による破堤を防ぐ工法です。
 わが国では、建設省土木研究所での耐越水堤防に関する実験結果を踏まえて、国が管理する一級水系の河川で、耐越水堤防の施工が1980年代の後半からほんの一部の河川で実施されるようになりました。
 しかし、国は2000年代になって耐越水堤防が川辺川ダムなどのダム建設推進の障壁になると考え、その普及にストップをかけ、耐越水堤防工法は長らく実施されませんでした。

 その後、耐越水堤防工法は20年間近く封印されてきましたが、2019年10月の台風19号水害で破堤した千曲川の穂保(ほやす)(長野市)などで耐越水堤防工法が導入され、封印が解かれつつあります。

 スライドを参照いただきながら、解説をお読みいただければと思います。
 (右の画像、あるいは以下の文字列をクリックすると全ページが表示されます。)

「耐越水堤防の経過と現状(封印が解かれつつある耐越水堤防工法)」2022年12月
 
Ⅰ 比較的低コストの耐越水堤防工法(スライド№3~7)
 耐越水堤防の工法はいくつかの種類がありますが、代表的な工法は川裏法面(河川とは裏側の法面)を連接ブロックと遮水シートなどで強化し、越水が起きても破堤しないようにする工法です。
 堤防1メートルあたり100万円程度で導入が可能で、スーパー堤防(堤防1メートルあたり5000万円程度の例もある)と比べると、はるかに安上がりです。

〇以下の画像(スライド№3より)

Ⅱ 耐越水堤防の始まり(スライド№8~16)
 旧・建設省土木研究所は「洪水が越水しても簡単には決壊しない堤防」(耐越水堤防)の工法を1975年から1984年にかけて研究開発し、建設省が一級河川の一部で1980年代の後半から耐越水堤防を実施しました。(右画像=スライド№8 より)

 建設省は耐越水堤防の普及を図るため、2000年3月に「河川堤防設計指針(第3稿)」を発行し、関係機関に通知しました。
 耐越水堤防(フロンティア堤防・アーマーレビー(鎧型堤防))は全国の9河川で実施されました(施工開始時期 1988~1998年度)。

Ⅲ ダム推進のために消えた耐越水堤防工法(1)川辺川ダム住民討論集会(2001年12月)の直後 (スライド№17~20)
 耐越水堤防が国交省の公式文書から退場したのは、2001年12月の川辺川ダム住民討論集会の直後のことです。川辺川ダムに反対する住民側はこの集会で「フロンティア堤防計画を実施すれば、八代地区で球磨川は氾濫せず、川辺川ダムは不要」と指摘しました。
(右画像=スライド№18より)

 耐越水堤防の存在がダム推進の妨げになると考えた国交省は、2002年7月12日 河川局治水課長から各地方整備局河川部長あてに「河川堤防の設計について」を通達し、「河川堤防設計指針(第3稿)」は廃止する旨を通知しました。
 代わって通知された「河川堤防設計指針 2002年7月12日」は耐越水堤防に関する記述が一切消えていました。

 なお、熊本県では球磨川水系での川辺川ダムの建設の是非が住民討論集会等で争われてきました。川辺川ダムは2020年7月の熊本豪雨のあと、「流水型川辺川ダム」という衣をまとって再登場し、2035年度完成予定で事業が始まろうとしていますが、ダムの必要性は今なお希薄です。

Ⅳ ダム推進のために消えた耐越水堤防工法(2)土木学会からの報告(2008年10月27日)(スライド№21~28)
 一方、国土交通省近畿地方整備局が2001年に設置した淀川水系流域委員会は、2008年4月に意見書を提出し、淀川水系5基のダム計画中止と耐越水堤防への強化対策を国に求めました。
(当時、淀川水系流域委員会の委員長であった宮本博司氏は国交省OB。国土交通省近畿地方整備局河川部長として淀川水系流域委員会に関わり、その後、本省河川局防災課長を最後に2006年に退職。その後、民間人として淀川水系流域委員会の委員長を務めた。)

〇以下の画像=スライド№22より

 これに対して、国交省は淀川水系流域委員会の方向性を阻止するため、同省淀川河川事務所が耐越水堤防の実用性を否定することを目的にして、土木学会へ耐越水堤防の技術的評価を委託しました(2008年8月29日)。
 同年10月に土木学会から「耐越水堤防整備の技術的実現性の見解」が報告されましたが、その内容は「被覆型工法は耐侵食性、耐候性、耐震性等の長期にわたる実効性が未だ明らかではなく、維持管理上の観点から、現時点での被覆型による越水許容の実現性は乏しい。」というもので、耐越水堤防の実用性を全面否定する報告でした。

 なお、淀川水系流域委員会が2008年に中止を求めた5基のダム計画のうち、丹生ダムと余野川ダムは中止されましたが、天ケ瀬ダム再開発と川上ダムは推進されました。そして、大戸川(だいどがわ)ダムは2019年に三日月大造・滋賀県知事がダム推進に変わり、2020年に事業凍結が解除されました。

Ⅴ 耐越水堤防の一部凍結解除(1)2019年10月に大氾濫した千曲川で実施 北陸地方整備局 (スライド№29~31)
 国土交通省北陸地方整備局は2019年10月の台風19号水害で大氾濫した千曲川において、決壊した長野市穂保(ほやす)等で耐越水堤防工法を実施しました。
(右画像=スライド№30より。信濃毎日新聞2019年10月14日)

 なお、決壊した千曲川の穂保は、千曲川への浅川の合流点付近にあります。浅川ダム(2017年竣工)はその合流点から約14㎞上流にありますが、当時、浅川ダムには洪水がほとんど貯留されず、何の役割も果たしませんでした。浅川ダムの集水面積は15.2㎢で、千曲川の立ケ花地点の流域面積6442㎢の約1/400であり、微々たるものです。浅川ダムの建設に380億円の事業費(国庫補助率50%)が投じられましたが、無意味な治水対策でした。

Ⅵ 耐越水堤防の一部凍結解除(2)国交省が耐越水堤防を一部河川で実施し始めた(スライド№32~35)
  国交省は「令和元年台風第19号の被災を踏まえた河川堤防に関する技術検討会」第1回~3回(2020年2月~6月)を開催し、2021年度以降、15河川16箇所で「越水に対して粘り強い堤防」を実施していることを示しました。
 裏のり面をコンクリートやブロックで強化する被覆型工法の整備費用は1㍍あたり100~150万円であることを示しました。

〇以下の画像=スライド№33より

 国交省が様変わりして、耐越水堤防を一部河川で実施し始めたのは、氾濫が頻発する現状に対応しなければならなくなったこと、河川官僚の代替わりで、従前の膠着した誤った考えが見直されてきたことにあるのではないかと推測します。

 今回の国交省の技術検討会の委員のうち、二人は2008年の土木学会からの報告をつくった「耐越水堤防整備の技術的な実現性検討委員会」とダブっています。委員長は同じ人です。2008年の報告は耐越水堤防の全面否定、2020年の答申は耐越水堤防の容認です。同じ人間が180度異なることをよくも言えるものだと、怒りを禁じえません。耐越水堤防の導入の遅れで、命、財産を失った人々がいたかもしれないことを彼らは深く反省すべきだと思います。

〇以下の画像=スライド№35より
 

Ⅶ 耐越水堤防工法の実施を河川管理者に働きかけよう(スライド№36)
 現在の河川は、堤防の高さが確保されたとしても、河道掘削等の遅延により計画規模以下の洪水であっても容易に計画高水位を上回り、さらには越水する可能性を否定できない状況となっています。
 堤防決壊の7~8割以上は越水による破堤であるので、越水しても簡単に破堤しない堤防に強化することが急務です。

 被害の最小化(減災)、特に人的な被害の回避という危機管理上の観点から、必要に応じて越水に対して一定の安全性を有する堤防、耐越水堤防工法を実施する必要があります。
 耐越水堤防工法は建設省土木研究所での耐越水堤防に関する実験結果を踏まえて、一級水系の河川で、耐越水堤防の施工がほんの一部の河川で1980年代の後半から実施されるようになりましたが、国交省は2000年代になって川辺川ダム等のダム建設設推進の障壁になると考え、耐越水堤防の普及にストップをかけ、耐越水堤防工法は長らく実施されませんでした。
 その後、耐越水堤防工法は20年間近く封印されてきましたが、2019年10月の台風19号水害で破堤した千曲川などで耐越水堤防工法が導入され、封印が解かれつつあります。

 私たちは国交省等の河川管理者に各河川での耐越水堤防工法の早期実施を働きかけていく必要があります。