八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

地すべり等の危険性と国の対策

現状レポート

(作成日:2019年10月30日)

地すべり等の危険性と国の対策

地すべり地帯にできたダム湖

 2019年10月1日、八ッ場ダムの試験湛水が始まりました。試験湛水はダム本体とダム湖周辺の地盤の安全確認を行うものです。

2019年10月14日撮影

 国土交通省は事前の説明では、3~4ヶ月かけて満水になる予定であるとしていましたが、10月12日に関東地方を直撃した台風19号の大雨で、ダム湖は台風直後の10月15日に満水となりました。その後、一日に1メートル以内の範囲で水位を下げて試験湛水を継続しています。

 八ッ場ダムに沈められた土地は、もともと多くの人々が暮らしていた吾妻川の中流域に位置しています。このためダム湖は、水没住民の移転代替地を含む多くの住宅地に取り囲まれています。

ダム堤の右岸側にある、川原湯温泉が移転した打越代替地。2019年4月3日撮影

 八ッ場ダム事業では、水没住民の生活再建に“現地再建ずり上がり方式”が採用されました。水没住民の移転代替地はダム湖に沈む集落の背後の山を切り崩し、沢を埋め立てて大規模に造成され、ダム湖畔の街として集落の再生をめざすことになりました。
 貯水池周辺は地質が脆弱なところが少なくありません。マグマによって地下から上昇してくる熱水と岩盤との反応で形成された酸性の熱水変質帯があちこちに横たわっていますし、約2万4000年前の浅間山の大噴火(浅間山の前身、黒斑山の山体崩壊)時に流出した泥流が厚く堆積した応桑岩屑流堆積物層(おうくわがんせつりゅう・たいせきぶつそう」、川原湯地区の金鶏山などから岩屑(がんせつ)が剥離して堆積した未固結の崖錐堆積物層などもあります。

2011年の八ッ場ダム検証で国が示した安全対策

 八ッ場ダム事業では以上のような悪条件への対策として、ダム湖の周りで地すべり等の災害が起きるのを防ぐための工事が行われました。
当初、国交省は地すべり対策工事を3箇所のみ、工事費の予算を6億円弱としましたが、民主党政権下の2011年、八ッ場ダムの検証作業の過程で、地すべり対策を11箇所で行う方針を示し、対策済みの小倉(横壁地区)を除く10箇所の概算工事費の試算を約110億円としました。
 2011年の検証では、新たに水没住民の移転代替地の安全対策も5箇所、約40億円との方針が示されました。
 水没住民の移転代替地は、谷埋め盛土がところにより30㍍以上の深さがある、民間の宅地造成では例を見ない超高盛土です。ダム湖の水位はダムの操作によって上下しますが、水位の変動は地盤を不安定化させる可能性があります。

地すべり対策で押え盛土工が行われた林地区勝沼。2019年10月1日撮影

川原湯地区の打越代替地。代替地の安全対策箇所「川原湯②」。2019年2月21日撮影

対策箇所と対策工法の後退

 ところが、検証時に示された対策はその後、後退していきました。
2016年の八ッ場ダム基本計画変更の際、国交省は事業費増額の説明資料において、地すべり対策の対象を検証時の10箇所から半減して5箇所(対策済みの小倉のぞく)とし、川原湯、川原畑①、川原畑②、久森沢、林の5箇所は対策不要としました。

八ッ場ダム基本計画第変更(2016年、第五回)の際の
地すべり対策と代替地の安全対策についての国交省の説明資料。

2011年のダム検証時と2016年の計画変更時における、地すべり対策の比較

川原湯地区の打越代替地。代替地の安全対策「川原湯③」。2019年3月12日撮影

代替地の安全対策箇所、川原湯②では工事のやり直しが必要になり、試験湛水が始まった10月以降も工事が続いている。2019年10月5日撮影。

 

さらに2017年以降、代替地の安全対策の対象は5箇所から3箇所に減らされ、川原湯④(上湯原)、長野原地区は対策不要となりました。対策を実施する川原湯①、川原湯②、川原湯③は、2016年の時点では鋼管杭工法や深礎杭工法を採用するとしていましたが、押さえ盛り土工、ソイルセメント置換盛土工など、より簡易な工法に変更されました。また、現地を見ると、対策工事箇所がかなり狭い範囲に限られていました。

 ダム湖周辺の安全対策は地元住民の生活に関わることですので、八ッ場あしたの会では伊藤谷生・千葉大学名誉教授ら専門家チーム、超党派の国会議員連盟「公共事業チェック議員の会」などの協力を得て、国交省の姿勢を追及してきました。

2019年 2月26日 八ッ場ダムの地すべり対策と代替地安全対策の後退について記者会見とレクチャー。(群馬県庁記者クラブ、県議会棟会議室)

3月15日 八ッ場ダムの安全対策に関する公開質問書を国交省関東地方整備局へ送付。

4月19日 国交省八ッ場ダム工事事務所より安全対策に関する公開質問書に書面回答。

5月16日 「公共事業チェック議員の会」(事務局長 初鹿明博衆議院議員)による八ッ場ダムの安全対策に関するヒアリングに参加。(衆議院第一議員会館)

8月6日 5月16日のヒアリング後の文書質問と資料請求に対する国交省回答には不十分なところが多々あったため、「公共事業チェック議員の会」より、国交省が答えていない問題について再度、文書質問と資料請求。

10月1日 国交省より再質問に対する回答。

 上記のように、国交省とは公開質問や資料請求、公開ヒアリングなどを通じてやり取りを重ねてきましたが、安全対策が大きく後退した理由について、国交省からは10月1日の回答でも科学的な説明はありませんでした。対策工事費がいくらになったのかを示す資料の提示も求めましたが、明確にはなりませんでした。しかし、対策箇所の減少と対策工法の簡略化から考えて、2011年の検証時に示された、地すべり対策と代替地の安全対策の合計約150億円は半減していると推測されます。

 八ッ場ダムは事業の最終段階を迎え、残事業費が少なくなる中、国交省は共同事業者である利根川流域一都五県に事業費増額を諮ることは困難と見て、安全対策工事費を削減して、他用途に転用することにしたのではないでしょうか。