20年以上前に凍結・中止された利根川水系の倉渕ダムと戸倉ダムの両事業を国土交通省が復活させることについて、今朝の上毛新聞が「論説」を掲載しました。
群馬県では八ッ場ダム、草木ダムなど、水没住民がダム事業に苦しめられてきた歴史があることを踏まえてか、国交省による前のめりのダム事業復活を牽制する内容になっています。
ただ、倉渕ダムも戸倉ダムも水没予定地には住民はおらず、八ッ場ダムなどとは事情が異なります。もちろん、予定地を抱える地元は巨大事業によって大きな影響を受けますし、「ダムで栄えた村はない」のが実状ですが、ダム事業は地元だけの問題ではありません。
◆2026年6月11日 上毛新聞 論説
ー倉渕、戸倉ダム再開検討 効果精査し合意形成をー
過去に建設中止となった倉渕ダム(高崎市)と戸倉ダム(片品村)について、国土交通省が事業再開を視野に現地調査に着手する。甚大な被害を伴う豪雨災害が全国で頻発する中、ダムの治水効果に対する期待の高まりが背景にある。水害から人命を守るという大義に異論はないが、大型公共事業は計画地周辺への影響が大きい。仮に事業を再開するならば、効果や環境負荷などを多角的に検証することが不可欠だ。
倉渕ダムは、烏川の洪水調節と高崎市の水道水確保に向けて県が計画した。1990年に建設が始まったものの、2003年に当時の小寺弘之知事が財政状況や将来の水需要減などを理由に凍結を表明。10年に中止が決定した。
戸倉ダムは首都圏の水がめとして水資源機構が計画し、1987年、建設に着手した。その後、事業に参画していた埼玉、千葉、東京の3都県が水需要の将来予測を見直して撤退し、2003年に事業が中止となった。
ただ社会状況が変わり、近年は豪雨災害の激甚化から、ダムの治水効果が再注目されている。19年の台風19号(東日本台風)では、利根川が氾濫しなかった背景として、当時試験湛水中だった長野原町の八ッ場ダムが水位低下に一定の役割を果たしたとの見方もある。
20年の熊本豪雨では、熊本県の球磨川氾濫によって、流域で多くの犠牲者が出た。白紙となっていた川辺川ダムが建設されていれば被害が軽減されたとの推計もあり、「脱ダム」を掲げてきた蒲島郁夫(当時)が一転して建設容認を打ち出し、計画が復活した。かつてはダム反対闘争の激しさから「東の八ッ場、西の川辺川」とも位置付けられたダムである。
建設中止が相次いだ時代とは状況が一変した。豪雨への備えは喫緊の課題となり、ダムには防災や減災の面での効果が見込まれている。倉渕、戸倉の両ダムについても同様の期待がある。
とはいえ、地元の生活を考えれば無条件に事業再開を受け入れるわけにはいかない。十分な議論と適切な情報開示を行い、透明性の高い決定プロセスが求められる。倉渕、戸倉の両ダムの事業が、用地買収や付け替え道路工事などの面である程度進められていたからという理由だけで、前のめりに再開が決まることは望ましくない。
両ダムを巡っては、地元の高崎市や片品村が今年4月、金子恭之国交相に迅速な現地調査を要請している。烏川源流域で自然観察会などに取り組む同市のNPO法人から環境影響評価を求める声が寄せられているものの、国交省は本年度中に地元に調査事業の内容を説明した上で、地形や工作物など計画地周辺の土地利用状況を確認する方向となっている。
調査が終わり次第、予算化に向けた事業評価に入る流れだ。有識者に対して工期や概算工事費などを示し、仮に妥当と判断されれば、事業が決まる。
八ッ場ダムの建設では長年、地元が翻弄された。その歴史を忘れてはならない。倉渕、戸倉の両ダムの事業再開に向けた機運の高まりがあるのだとしても、地元の暮らしをないがしろにするような拙速な計画であっては困る。長い目で見た費用対効果を慎重に検証し、必要性を具体的に示した上で、丁寧な合意形成を図ることが欠かせない。
—–転載終わり—–
上毛新聞が指摘しているように、ダム事業の復活は「近年の豪雨災害の激甚化から、ダムの治水効果が再注目されている」ことが背景にあります。しかし、わが国にはすでに2500基ものダムが建設されており、その中には治水目的のダムが数多くあります。にもかかわらず、ダムでは水害を防ぐことができずにいます。
上記の論説では、2019年の東日本台風で利根川が氾濫しなかった理由として、「八ッ場ダムが利根川の水位低下に一定の役割を果たしたとの見方もある」と伝えています。この「見方」は当時の安倍晋三首相が国会で述べ、菅官房長官、二階自民党幹事長が地元を訪れて繰り返し強調したため、「八ッ場ダムは利根川の救世主」という誇張した表現さえ流布しました。しかし東日本台風では、利根川における堤防の余裕高は3メートル以上あり、十数センチの水位低下という治水効果を発揮した八ッ場ダムがなかったとしても、利根川が氾濫する危険はありませんでした。
また、この「論説」では2000年の球磨川水害ののち、川辺川ダム事業が復活したことも取り上げています。「白紙となっていた川辺川ダムが建設されていれば被害が軽減された」との国土交通省の主張が罷り通った結果ですが、被災者らが水害犠牲者の個々のケースを現場で詳細に調査した結果、ほとんどの犠牲者はたとえ川辺川ダムが建設されていたとしても助からなかったことが明らかになっています。
ダムの治水効果はダムから遠ざかるほど減衰しますし、ダム下流で降った雨にはなすすべがありません。想定以上の雨が降れば、ダムは豪雨の最中でも緊急放流を行わざるをえず、水害を拡大させるケースさえあります。川辺川ダムに反対する熊本県の市民団体は、国土交通省が水害犠牲者の具体的な事例を一切調査せず、机上で治水計画を策定する手法を厳しく批判しています。
各国で堤防強化や遊水地など様々な治水対策が模索され、新しい技術も生まれてきています。狭い国土に「ダムの国」と言われるほど多くのダムを建設してきたわが国では、費用対効果をダム事業に有利に算出するため、巨大ダムの治水効果を過大に評価してきましたが、治水予算の多くはダム建設そのものではなく、道路建設や地域振興などの関連事業に投じられます。
2009年に発足した民主党政権は、政権公約(マニフェスト)に「八ッ場ダムと川辺川ダムの中止」を掲げましたが、抵抗勢力に負けてダム行政にメスを入れることができませんでした。本来の治水対策がなおざりにされる中、気候変動による水害の激甚化が懸念されます。